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レンズの詩学

アート批評、思想、雑感など

かぎりなき仄暗さの臨界 -映画『神々のたそがれ』-

批評

「すべてが初めて見る画面という、異形の映画。ストーリーはゆったりと進むものの、画面上に写っている情報量は半端ない。絶え間なく隅々まで、あらゆることがひたすら同時に起こり、3時間、みっちり埋め尽くすカオス。」と、映画系女子こと真魚八重子も激賞するロシア映画『神々のたそがれ』。言い得て妙なり。さすがはプロ、女史の見事な語彙力に純粋に感服した。

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もともとタルコフスキーパラジャーノフあたりの旧ソ連圏の映画が好きだった俺が、ウンベルト・エーコを始めとする各界識者が「21世紀映画の最高傑作」と絶賛しまくってるんで気にならなかったわけがない。

 

舞台は地球より800年ほど進化が遅いルネサンス初期のような惑星。都アルカナルでは知識人狩りが行われ、蛮行が横行していた。地球から派遣されたドン・ルマータと名乗る男は、アルカナルに潜入し……とストーリー上、一応はSFの体裁をとっているものの、プロットを説明する描写はほとんど皆無で、ストーリーを真っ向から追おうとすると事前に誰かの批評を読むなどの予備知識が必要。劇場公開時のパンフレットを事前に読んでた俺でさえ辟易させられた。

 

全編に未来的な描写は一切なく、いつの時代の映画なのかと錯覚してしまうほど。美女なんか一切出てこねえし、霧の立ち込めるジメジメとしたデルタ地帯を背景に、登場するのはほとんどがフリークス(畸形者)という、なんともグロくて男臭い映画なんだけど要所で映し出される詩的で美しい情景にはついつい引き込まれる。

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で、評論家たちが騒ぐほど何か革新的な映画なのかというとそうではなく、抽象的で脈絡のない会話を中心に進んでくのは古典的なクラシック映画の手法を踏襲してるとして(タランティーノあたりをイメージしてもらえるとよくわかると思う)、やたらとゴテゴテした装飾が施されてるあたりロシア構成主義の影響も見てとれる。むしろ栄光の時代へのオマージュとも言える。

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なかでも俺が面白いと思ったのは撮影技法。映画にしては、やたらと被写界深度が浅く、極度に焦点を固定化してデフォルメした映像。アレ・ブレ・ボケなんか気にして撮っちゃいないと思わせといて、実はかなり計算されてるのが窺いしれる。

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ドキュメンタリーっぽい視点の距離感は河瀬直美の作品と共通するところがあるかな。主人公を記録するように距離を置いて彼を見つめているかと思うと、不意に作中の登場人物たちから見つめ返されたりする…これは一体誰の視点を通した映像なんだと終始、違和感と混乱を孕んだままに物語は幕を閉じる。そのなんとも言えぬモヤモヤを抱えたまま、突如として終わりを告げられる雪辱感たるや…

 

何よりゴシック調の独特な様式美とグロテスクな描写で描かれた暗黒系の世界観が緻密に計算され徹底された画作りと相まって、画面構成にとてつもない鬼迫を感じる。この映画、なんと構想に35年、撮影だけで6年、編集に約5年もかかったという奇才・故アレクセイ・ゲルマン監督の遺作。

 

そして肝心の感想は、初見じゃよく解らんというのが正直なところ。でも何か妙に惹きつけられる強烈な魅力があったりして。テーマとしては自らに課せられた宿命に抗い、現実の野蛮世界へ積極的に介入してく1人の文明人を描いた形而上的な話なんだけど。人間性の本質的な描写は、さながらダンテ『神曲』の地獄編だな。キリスト教的な宗教観へのテーゼを打ち立ててるのはなんとなく理解はできる。それがロシア映画の敬虔なまでのひとつの特徴でもあってさ。

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本当にいい映画ってのは繰り返し観ないと解らないもんだからさ。ここらへんの俺自身の意味への抗いは、あんたが観てみて解釈してほしい。

 

画面の情報量がハンパない分、色彩は全編モノクロという潔の良さ。ほとんど人物の顔のクローズアップで構成された画面はウィリアム・クラインの写真なんかを思わせてカッコいいからさ、ストリートスナップの写真家とか映像作家はめちゃくちゃ刺激受ける映画だと思うよ。

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