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レンズの詩学

アート批評、思想、雑感など

サッカーと戦争論、ケガレ

サッカー

今年も来たよ、高校サッカーの季節。

 

しかも常勝を誇る我が母校、滝川二高も2年ぶりの出場。さっそく今日、初戦となる秋田商業戦をテレビ観戦したんだわ。いやぁ、今年もいいチームつくってきたなー。6年前に全国制覇へ導いた栫監督が一昨年に辞任して、大丈夫?って思ってたんだけど。流石だね。見事な初戦突破。もともと組織への帰属意識が薄い俺でも、毎年母校が勝ち上がると嬉しくなっちまうもんなんだよ。

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そんで、その後に東海大仰星によるトータルフットボールvs超攻撃サッカーっていう絵に描いたような構図の試合を観て、やっぱし高校サッカーはおもしれえなって思った。

 

Jリーグは観ねえし、日本代表戦にもさしたる興味がない俺が、なんで高校サッカーが好きなのか。いやさ、サッカー自体は好きなんだよ。べつに非国民つーわけでもないしね。むしろ日本人としての矜持を大切に生きてるし。でもさ、プロスポーツにおける日本のサッカーには確固としたスタイルや思想がないから面白くないんだよ、正直さ。

 

ここをよくよく深掘りしてくと今の日本サッカーの課題が浮き彫りになってくると思うのね。そこから日本のサッカーをおもしろくする俺なりの提言、もとい暴言を吐いてみようと思う。だから、ちょっと熱く語ってみよう。

 

「サッカーは数学とアートの融合である」ってのはFIFAインストラクターとして活躍してる小野剛さんて人の本に書いてあったことなんだけどさ。サッカーが11人から成る団体競技である以上、個の力以上にある程度の組織的な思惑や知性が介在する余地のあるスポーツであるわけ。

 

その組織論的な理屈と選手個々の力量が見事なバランスで発現される場としてのサッカーは、俺にとって未だ魅力的であって。思考実験的に知的好奇心が刺激される娯楽である理由なんだけどさ。今の日本のサッカーを取り巻く環境を見たときに、プロチームには思想やスタイル、戦略ってのが欠如してることが面白くない要因として挙げられるわけ。

 

逆に言うと高校サッカーにはそれがあるからこそ面白いのだし、根強いファン層に支えられてると思うのね。

 

なんで高校サッカーにはチームとしての思想や戦略があるかっていったらさ。まず教育機関としての方針や校風、歴史ってのがあって。それに基づいた監督の抜擢があって、体現者としての監督個々のキャラクターがあるわけ。それで監督の考え方に基づいた選手が集められて初めてサッカー部というチームが成り立つわけなんだけどさ。

 

ここまでの流れとしての一貫性が強いチームを生み出して、強豪校の「伝統」が出来上がってるっていう図式。

 

実はこれ、戦略論の基本なんだわ。たとえばアメリカの歴史学者エドワード・ルトワックが唱えてる戦略の諸相として技術(Technical Level)、戦術(Tactical Level)、作戦(Operational Level)、戦域戦略(Theater Strategy)、大戦略(Grand Strategy)の5つにレベル分けをしている。下位概念から並べてるけど。

 

これを我が母校の滝川二高、略して滝二に当てはめて考えてみる。まず歴史というところで見ると兵庫県下有数の進学校である私立・滝川高校から「文武両道」(→ビジョン)をモットーに分化して創立されたのが滝川二高で、通常の進学コースの他に推薦枠を活用してスポーツエリートを育成するための専門コースを設けている(→大戦略)。サッカー部においては学校創立とともに地元のクラブチームである神戸FCで指導者として活動していた黒田和生氏を監督に抜擢。で、この黒田監督のもと両サイドを活かした速攻型のコンパクトで機動的な「縦に速いサッカー」(→作戦)を志向し、その影響は今も色濃く残している。当時はかなり前衛的な取り組みもしてた。実際、俺が入学することになる1994年度の選手権大会には高校サッカーでは珍しかった3トップ(→戦術)を採用してたし、集められた選手も小柄でスピードがある技巧派が多かった(→技術)。

 

そこから後を継いだ栫監督は、伝統を引き継ぎながらも泥臭く粘り強いフィジカルサッカーを展開して全国制覇を成し遂げたんだわ。当時のダブルブルドーザーと名付けられた破壊力のある2トップを見ても、随分とガタイのいい選手を起用したもんだとド肝抜かされたのを覚えてる。

 

こーゆー歴史や色合いを強豪といわれる高校は少なからず持ってるわけ。要は自校の考え方やポリシーに基づいて戦略上の「技術」である選手を選択していることになる。

 

翻って。Jリーグの各クラブチームや日本サッカー協会のマネジメントはどうか。日本代表はどうか。はたして理想的なチーム、リーグ運営がなされているか。否。むしろ絶望的。今のサッカー界を取り巻く情況を一言いってしまえば、まさに「戦略の不在」というほかないよな。逆に現存する選手から逆算して、出来るサッカーを考えるみたいな。

 

選手という名の「手段」から目指すべき「目的」を発想するのでなく、明確な「目的」から「手段」を発想せよ。そうすることなしに今の日本が抱える制約条件を超越したサッカーは展開できないと思うんだよ。

 

そんな情況をつくりだしてる元凶の日本サッカー協会にも戦略思考が垣間見えた瞬間てのが、かつてあったんだよな。日本代表におけるアギーレの監督就任がそれ。体格やフィジカルに劣る日本代表が世界で勝負するために、メキシコの「個々が持つテクニックを活かすべく攻守にわたる組織的なプレー」をベンチマークし、同国の有力指導者を招聘したという事実に俺でさえ期待するものは少なくなかった。ところが例のスキャンダルによる解任劇からの日本サッカー協会の迷走ぶり、そこからの代替の監督人選に疑問を感ぜずにはいられなかった。

 

マネジメントが紆余曲折する中で本田や香川、長友なんていう選手が神格化されてさ。そこを軸にチームを語る世論に後押しされ監督自身も選手を基点に戦術を発想するなんて悪循環に陥ってるわけだから。今の日本に本当に必要なのは強烈なリーダーシップを発揮する監督のキャラクター性なわけ。

 

自身の考えるサッカーにそぐわない選手はドラスティックに切り捨てるくらいのことしないと、 そりゃ何大会も共にしてきて強固な連携が出来上がってるからさ。切り捨てにくいんだけど。創造には破壊がともなうのは当たり前の話で。どっかのタイミングで必ずしなくちゃいけないことなんだよ、ほんとさ。

 

まとめると、まずは日本や各クラブチームが追求すべきスタイル、世界観を示すべき。そこから派生して監督や選手をチョイスしていく。明確な指針がないと、指導者も選手も育たんぜよ。

 

戦術戦術って、流行りの戦術論に終始してたところで何も改善されない。滝二での例示に見たように、戦術っていうのはわりとどうにでもなるレベルでしかないんだわ。さっきルトワックの戦略の5諸相に触れたけど、それぞれの要素は上位概念に従属するわけ。つまり、戦術は作戦に、作戦は戦略に従属し規定されるってこと。

 

沈む日本サッカーへの提言①

 マネジメントは戦略を掲げよ

 

欧米の政治・ビジネスエリートたちがリーダーシップを語るときに世界標準で参照する古典的名著に『戦争論』っていうのがある。ナポレオン戦争でフランス軍を撃退したプロイセンの将校、クラウゼウィッツが戦争という事象を科学的に解明した大著で「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」っていうテーゼはあまりにも有名。

 

この本の中に戦争を支配する3つの要素として「戦争の三位一体」っていうのが出てくるんだわ。なんでサッカーの話の中でいきなり戦争論なんだって思った、あんた。まー、もちょっと我慢して付き合ってよ!サッカーの試合もひとつの戦争の形態だって考えりゃ納得いくでしょ?で、この三位一体ってのは「国民」、「軍隊」、「国家」なわけ。そーすると、これにサッカーという文脈の中にそれぞれ代入するとだな。「サポーター」、「チーム」、「マネジメント」になる。

 

マネジメントについては提言①でもう言及したから、次はチーム論になるんだけどさ。日本代表を強化する上で語らなくちゃなんねえのがJリーグだがや。名古屋人じゃねえけど。「だがや」つって。言ってみたかたっただけっていう。どうでもいいことだけど。それは置いといてだな。

 

国内リーグが次代を担う有力選手を養殖する生け簀にもなってないという現状を考えると、一番の難どころだわな。

 

でさ。国内リーグを俯瞰すると、当然のことなんだけど圧倒的に「スターの不在」が挙げられる。こんだけ俺がボロカスいってる日本サッカーなんだけど、アマの世界、とくに18歳以下の世界では実は世界水準で見ても良い選手の育成に成功してる。意外かもしれないけど。

 

じゃ、なんでそれらの選手がプロに上がると途端に輝きを失うのか。それはJリーグに緊張感がないからだと思うんだよ。早い話がさ。サッカーの世界にもグローバリゼーションが持ち込まれて。リーガエスパニョーラプレミアリーグブンデスリーガなんかは実質的な外国人枠を撤廃してるってのにさ(欧州はEU圏内の選手なら実質何人でも使える)。

 

いまだ外国人枠3人を堅持してるもんだから、ある程度の才能のある選手は難なく試合に出場できて最低限の年俸は確保できてしまう。少なくとも8人はスタメンとして出場できることが確定してんだから、圧倒的に競争倍率が低い上にリーグ優勝したところで社会的には大した話題にもならないから、どんなダイヤの原石でもハングリー精神と闘争心が自然と削がれていくわけ。井の中の蛙状態で。

 

さらには毎年毎年変わらない顔ぶれで狭い国でリーグやってるもんだから刺激がない。世界的な一流プレーの片鱗でさえ目にする機会がない。まさに鎖国状態だよな。

 

で、チームもチームで。スターがいないならなけなしの外国人枠を使ってポスト・スター選手を買ってくりゃいいんだけど、商業的に厳しいもんだからなかなか大きな契約金を支払えない。そりゃそうだよ、話題性、スター性のある選手を引っ張ってこれてないんだからさ。

 

話題性がないがゆえに地元レペゼンなサッカー好きしか試合を観る動機なんて生まれないわけで。結果。契約金安くて、そこそこ戦力になりそうな差し障りのない若手か中堅選手の獲得でおさまってしまう。日本でもそれなりの人口がいる欧州サッカーファンなんてさ、目をつけた贔屓の逸材やスター選手がどこのクラブに行くんだろう、移籍金いくら積むんだろうかって移籍マーケットも楽しみのひとつになってるってのにさ。

 

そんな世界の移籍マーケットでも蚊帳の外っていう。じゃ、そんな絶望的なJリーグはこの状況をどう打開すべきなんだろか。

 

沈む日本サッカーへの提言②
Jリーグは外国人枠を撤廃すべし

 

もう、こうなっては仕方がない。EUに倣いアジア圏内の選手については外国人枠を撤廃して、東南アジア市場に門戸を開放しよう!さすれば出場枠を脅かされる日本人選手にも危機感が生まれるし、新たに流入したアジア圏の選手の中からポスト・スター選手が生まれるだろ。

 

ポスト・スター選手がビッグクラブと契約すれば移籍金で自ずとクラブの収支も上向く。そうやって経営体力をつけたのち、中東リーグのクラブのように最盛期を終えたかつての名選手を破格の条件でJリーグに連れてくるんだ。そう、発足当初のJリーグのように。

 

実は提言①で指摘したスタイルや思想さえも当時のJリーグにはあったんだ。南米スタイルのポゼッションサッカーを追求していたヴェルディ、ヨーロッパ型の堅守速攻を体現していたマリノス、土着の王国・静岡サッカーを独自に昇華したエスパルスなど。わかりやすい構図や思想がそれぞれのクラブにあり、それに基づいて往年の名選手を連れてきてた。ジーコリトバルスキー、ピクシーの愛称で親しまれたストイコビッチマッサーロラウドルップなど。

 

情報資産としても価値がある、こういった選手たちがスター不在のJリーグに華を添えてくれるしインターネットの普及でより目の肥えた欧州サッカーファンをも再びファン層に取り込めるに違いない。いいことづくめじゃないか!

 

ほんで、最後がサポーター論。サポーターってのはオーディエンスなわけで。結局はメディアが形成するもんだからさ。メディアの腐敗を正さなくては…なんて大それたこと、いうつもりはない。

 

ただ情報の流通を司るという倫理上、解説者や編集者のリテラシーは高める努力をしないと日本サッカー界の底上げは出来ない。要はリアリズムに立脚した客観性は担保しなくちゃダメだっつーこと。

 

具体的に例示すると日本のサッカー中継の場合、解説者のタイプが二分する。サポーターやチームに同調して感情的に物事を判断して、何の打開策も示さない根性論タイプ。松木安太郎が最たる例。メディアも単に「熱い」「煽り方がいい」っていう理由だけでショービズ的に視聴率を高められるって安易に考えてるのが実情じゃないかと思うんだけど。このタイプはもう害悪でしかない。

 

対照的に一定の視点の中で物事を冷静に分析し、ときに監督や選手のプレーを批判することも厭わない評論家タイプ。もちろん、この後者こそメディアは珍重すべきでセルジオ越後を筆頭に、最近は三浦淳宏も一定の距離感を保つ良い解説者として頭角を現しているように思う。

 

事実に真っ向から向き合うことなく単線的にド根性に帰納してしまう低脳な松木安太郎に対して、建設的な解決策を明示することでオーディエンスのリテラシーをも高めることができる評論家タイプの解説者は同時に教育者でもあるんだよ。

 

サッカー先進国っていわれる国のサポーターを見てると、しょうもない試合をしたり、選手が凡ミスしたりすると遠慮なく自チームであっても平気でブーイング浴びせたりするんだよね。やっぱり厳しい環境の中でこそ素晴らしいチーム、選手が生まれるもんでさ。

 

なんでも精神論に回収してしまう国民性を鑑みてもさ。サポーター自身に課題解決のための糸口を与えて、考えさせてさ。建設的な批評眼を養うことって可能だと思うんだ。だからこそメディアは松木みたいな熱血単細胞なんか早々に葬り去って、セルジオ越後をメイン解説者に据えろって話。

 

沈む日本サッカーへの提言③
メディアは害悪を排除し、大衆を啓蒙せよ

 

日本サッカーよ。除夜の鐘の音とともにケガレを払い、自らの威信を再起せられたし。

 

 

戦争論〈上〉 (中公文庫)

戦争論〈上〉 (中公文庫)

 
戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)