近未来航法

予測不能な現代社会を生き抜く知的サバイバル術

柔術のポジショニングとコントロール

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人の価値観や印象なんてものは、概ね多感な時期にインパクトを受けた事物に規定されている。俺のライフスタイルと化したブラジリアン柔術の競技人口は、ちょうど1980年前後かそれ以前が生まれ年の、俺と同年代の人が圧倒的に多いように思う。

 

それもそのはずで。思春期を振り返ってみると、1993年にスタートしたK-1が中学生くらいの時分の話で、それ以前は格闘技というとプロレスかボクシングくらいしか存在しなかった。プロレスに関しては俺ら以前の、いわゆる新人類世代の人たちあたりがリアルタイムに熱狂していて、ちょうど大衆娯楽ならではの欺瞞やら虚飾が露呈し始めて熱が冷めかかっていた時期で、最強の男を決める手段はボクシングという一見単調に見える殴り合いしかなかった時代の話だ。そんな時にピーター・アーツやらアーネスト・ホースト、アンディ・フグといったキックボクサーやら空手家が華々しく登場して派手なコンビネーションからのKOシーンを演出していたのがたまらなく衝撃的だった。

 

なかでも血気盛んな男連中を沸かせたのが「最強格闘技」論争だった。K-1の隆盛によって格闘技のメジャー化とともにムエタイやカンフー、カポエイラといった当時は謎に包まれた魅惑的でマニアックな武術が輸入されはじめた時期で。世界にはこんな格闘技があったんだ、と目を輝かせながらそれらの武術が持つ可能性を注視していた。今から考えると本当に世界の格闘技に関して情報が少なかった時代だったから、未だ見たことのない武術の使い手が現れるたびにああだこうだ言いながら、「フィジカルが対等ならムエタイが最強だよね」とか「本調子だったらジェロム・レ・バンナには誰も敵わない」とかって議論を戦わせてたもんだ。

 

やはりパンチやキックなどの立ち技の強度が勝負を決めるんだという、今では信じがたい既成観念を誰も疑いもしなかった。そんな時に「寝技」の可能性を鮮やかに提示したのが折しも異種格闘技ブームの真っ只中にあった1997年にスタートしたPRIDEだった。柔道の実用性の証明、プロレスの復権など時代を象徴する様々なコンテクストを盛り込んで最強の男を決する一大イベントに、K-1の猛者たちも続々と参戦した。そして、俺らが最強だと信じてきた筋肉隆々のK-1戦士はPRIDEのずんぐりとしたグラップラーに無惨にも負け続けた。それはK-1によって培った俺らの立ち技最強説の敗北であり、既成概念が崩壊した瞬間でもあった。

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そんなPRIDEで当時、もっとも活躍していたのがヘビー級王者の"柔術マジシャン"ことアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラだった。いわゆる中肉中背の引き締まった柔軟な体で、ときに緩やかに、ときにアクロバティックに、変幻自在に洗練された技の数々を駆使して獰猛な男たちからタップをとり続けた。まだ「ブラジリアン柔術」なんて名称も生まれていない、グレイシー一族でもない一介のブラジル人が人類最強を決める格闘イベントで一際異彩を放っていた。 

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「柔術」と呼ばれる格闘技術の全貌も明らかでない時代に哲学者然とした、格闘技者らしからぬ風貌の男が屈強なファイターを相手に渡り合う姿は、学生時代にK-1を見て育ち、社会に出たばかりの20代前半の若者の目にはとにかく価値観が覆される光景だった。今から考えるとまんまと広告代理店の術中に乗せられていたワケだが、ノゲイラの「600以上の技を持つ男」という魅惑的なキャッチコピーに熱狂していたのだ。そんな原体験を持った世代が今の柔術シーンを支えていると考えて間違いないだろう。

 

個人的な体験談を語ると高校生だった頃、バイト先に格闘技オタクだった社会人の先輩がいて、よく可愛がってもらっていた。自宅にも招待してくれたりして、折に触れて世界の格闘技事情を熱心に教えてくれた。今考えるとUFC草創期あたりの情報を語っておられたんだと思うが、90年代半ばにしてすでに「グレイシー柔術」なる武術とその可能性をよく聞かされていた。そんな先輩との語らいの中で焼き付いた「グレイシー柔術」というカルトな名称は次第に自分の中で神格化され、日本のメディアでも露出するようになったグレイシー一族の動向はずっと追っていたのだった。

 

自分自身が柔術にのめり込むようになって気づいたことだが、自らの格闘技観の礎となったノゲイラの、過剰とも思える「600を超える技を持つ男」という誇張されたネーミングもあながち間違った情報ではなかったんだなってのが実感で。実際にブラジリアン柔術には多くの技が存在する。ところが格闘技に疎い人間は「技」というと、どうしても極め技を連想してしまうのだが実際には極め技は実戦で使えるとなるとそれほどバリエーションはない。現実にグレイシー一族もほとんどの試合がチョークスリーパーか腕十字でフィニッシュしてるわけで。

 

では残りの大多数の「技」とは何なのかというと、いかに相手を制御する(抑え込む)かというコントロールの技術や、いかに自分に有利なスペースをつくって体勢をつくるかというポジショニングの技術が無数に存在するということだ。それほどにコントロールとポジショニングという概念は柔術においては重要であり、この武術の真髄でもあるということ。しかしながらその技の数、バリエーションの豊富さが初心者を困惑させ、何をどうしたらいいか路頭に迷わせることになってしまって寝技の敷居を高く感じさせてしまう要因でもあるかもしれない。

 

俺自身がまったくの門外漢から5年で黒帯になるという無謀すぎるほどに高い無邪気な目標を掲げているので、いかに体系的に、最短でこれらの技術を習得するかというところに目下腐心しているんだけど、ビックリするくらいにこの分野は習得技法が言語化されていないのが現状で。そのための文献なんかも絶望的に少ない。ただ漫然と教えられることを消化してるだけなら、色帯とるのに何年もの時間を要する。全貌を捉えられるようになるのに少なくとも半年以上の時間は注ぎ込まなくちゃ、複雑な体系山脈の麓にも立てないものなのだ。

 

そして、自分自身のために今の俺がたどり着いた習得技法の試論は、最短での柔術の技術向上のためにまず試合や乱取りの構造を理解することがまず第一の優先事項。これは体感を以って身体で覚えるしかないので、まずはスパーリングをすることだ。そして試合などのフィニッシュで自分がやりたい極め技から逆算してゲームプランを組み立て、そのストーリーに沿ってシミュレーションする。そこから見出した道筋をスパーリングで試行してみる。そのためには型稽古でやるドリルの内容はどのポジションでの、どの局面での技なのかを分類していかないといけない。

 

ブラジリアン柔術の総本山グレイシーバッハでは、ポジショナル・ヒエラルキーといわれる優位なポジションの序列を徹底的に叩き込まれる。曰く、直面している状況をこれらのポジションに当てはめて特定し、どのポジションにおいても何をなすべきかをまずは正しく把握しなければならないと。下に並べられた各ポジションは上に行けば行くほど有利なポジションであり、下に行けば行くほど不利なポジションであることは言うまでもない。それぞれに対策があって、落とし穴もある。まずは序列・階層をしっかりと実感として認識することが重要になってくる。

 

ポジショナルヒエラルキー:
バックマウント
マウント
ニーオンベリー
サイドコントロール
ハーフガード上
ガード上/下
ハーフガード下
サイドコントロール
ニーオンベリー下
マウント下
バックマウント下

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各局面を理解すること、そして技の引き出しを増やしていくというのが定石になる。局面を6つに単純化して戦略的にゲームプランを組み上げるために可視化したのが以下のチャートだ。このチャートをうまく活用して、ポジショナル・ヒエラルキーと複合的に思考して6つの局面ごとに技を分類し意識的に練習すれば技術が向上するはず。 もっとも手っとり早く試合を決める道筋は相手を倒して(テイクダウン)上になり、相手の足を越えて(パスガード )、上体を制して抑え込み極め技まで持っていくパターンだ。

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まず最初にやるべきことは、チャート上での極め技を決める。前述したように極め技には確実に極まる技にそれほど選択肢がないので、自分が確実に相手からタップをとれる技を選択すること。仮に「三角絞め」をフィニッシュに選んだとすると、自分は下で相手が上というポジションを作らないといけないのでガードの種類を決めなくちゃダメだ。ここでも「スパイダーガード」で相手をコントロールしたいと考えると、では相手をどう立ってる状態、つまりオープンガードから引き込むかを考えないといけないから、まずは「デラヒーバ」に持ち込めるように引き込む、というゲームプランが組み上がる。さらにはスパイダーガードが失敗した不測の事態も考慮して、下から上のポジションに移行するスイープの方法も考えておくというオプションも必要になってくるのだ。

 

以上が現時点における考察の一つの到達点になんだけど、「コントロール」や「ポジショニング」という概念は政治学上の国際関係論にも通ずる話で、まさにパワーを制御して有利な体勢をつくって活路を切り拓くというブラジリアン柔術の奥の深さには頭が下がる。まだまだ修行の日々は続く。

 

Adiós, amigo!

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 <ブラジリアン柔術・教則>

ゲームプランに基いて技を分類して局面ごとの身体感覚を見事に言語化した名著。長らく絶版になっているのが惜しいが、ブラジリアン柔術の初心者がまず最初に読むべき最良の理論書だと思う。技術向上を第一に考えるならば一度は読んでおきたいシリーズ。

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