近未来航法

予測不能な現代社会を生き抜く知的サバイバル術

『グレイシー柔術』を理解するための本10冊+α

ブラジリアン柔術をより深く、より精緻に理解するためには、その源流であるグレイシー柔術の研究や探求を欠かすことができない。しかし意外にも、グレイシー柔術を知るための手がかりとなる文献は決して多くはないのが現実だ。

 

そこで今回は俺がグレイシー柔術について理解するために実際に読み込んだ書籍のなかで、新たな発見を見出せたもの、柔術を俯瞰するための視点をあたえてくれた10冊を選んでみた。

f:id:funk45rpm:20180829154122j:plain

 

残念ながらリストのなかには今は絶版になってしまったものも含まれているが、古書として安価に手に入れることのできるものも少なくない。いずれ新たなグレイシー柔術の解説書、研究書も刊行されるだろうが、過去の重要なリファレンスとしてここに紹介させていただいた次第だ。参考にされたし。

 

知識は力なり

"knowledge is power"

ーSir Francis Bacon

f:id:funk45rpm:20180829162742j:plain

 

①グレイシー柔術の真実

作家・夢枕獏によるブラジル格闘技の見聞録や、日本と世界の柔術事情の解説などマニア垂涎ものの企画が詰め込まれていて、90年代に彗星の如く現れたグレイシー柔術の、業界の受け止め方や当時の雰囲気がよく理解できる。目玉はシューティング(現:修斗)草創期の天才・佐山聡が、グレイシー柔術の本質を徹底的に分析した見解が述べられているインタビューが瞠目。入門書として最適な1冊といえる。

グレイシー柔術の真実―ブラジルに伝承される最強の格闘技を徹底解剖する

グレイシー柔術の真実―ブラジルに伝承される最強の格闘技を徹底解剖する

  • 作者: show,布施鋼治,若林太郎,須山浩継,矢崎良一
  • 出版社/メーカー: フットワーク出版社
  • 発売日: 1994/12
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

②武道と他流試合

理論派の武術家として知られた故・堀辺正史が、K-1隆興の祖・谷川貞治との対談で前著『グレイシー柔術の秘密』をアップデートしたのが本書。グレイシー柔術の本質を「他流試合」というキーワードからフォーカスして、日本の武術が根本的に抱える病理と進むべき方向性を示した。柔術の術理の本質とその文学的なコンテクストを解読し、グレイシーの出現と同時にその可能性を見抜いていた恐るべき慧眼。いまだ、ここまでグレイシー柔術の謎を解き明かした本書を超える解説書は上梓されていない。

武道と他流試合―日本人よ、グレイシーに学べ! (格闘技通信Selectionシリーズ)

武道と他流試合―日本人よ、グレイシーに学べ! (格闘技通信Selectionシリーズ)

 

 

③グレイシー一族の真実

グレイシー柔術に魅せられた著者が丹念に一族へ取材を行い、インタビューをもとにして柔術の誕生から主要人物の人生まで、グレイシーの歴史をたどった意欲的なドキュメンタリー。国内のマスコミが高田延彦や船木誠勝などプロレス側に好意的な反面、グレイシー一族を直視した著作は少ない。あまり知られていない一族の苦難と栄光を知ることができる。

グレイシー一族の真実―すべては敬愛するエリオのために (文春文庫PLUS)

グレイシー一族の真実―すべては敬愛するエリオのために (文春文庫PLUS)

 

 

④U.W.F外伝

『グラップラー刃牙』のモデルであり日本の総合格闘技の草分け、平直行からみたUWF史。UFCの第2回大会を観たことでバーリトゥードを志向し、かつての正道会館・石井館長の尽力によりカーロスSr.の実子、カーリー・グレイシーに師事した顛末も描かれている。日本で初めてグレイシー柔術を学んだパイオニアとして、彼の視点と体験談はまさに白眉。日本でもっともグレイシーの本質を理解している人だと思う。

U.W.F外伝

U.W.F外伝

 

 

⑤不敗の格闘王 前田光世伝

グレイシー柔術を知るうえでも、そのルーツを辿ることは重要なことだ。開祖カーロス・グレイシーSr.に柔(やわら)の技法を伝授したのは、コンデ・コマと名乗った講道館のはみ出し者・前田光世だった。その前田の後半生はとくに謎が多く解明されていないことが多いのだが、彼の歩んだ道のりを追体験することなしにグレイシー柔術の思想性と理念は理解できない。本書は、一次資料をもとにした最良の研究書の1冊といえるだろう。

不敗の格闘王 前田光世伝 グレイシー一族に柔術を教えた男 (祥伝社黄金文庫)

不敗の格闘王 前田光世伝 グレイシー一族に柔術を教えた男 (祥伝社黄金文庫)

 

 

⑥木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

グレイシー柔術の誕生に貢献したのが1人の日本人(前田光世)であったなら、グレイシー柔術の変革に寄与したのも1人の日本人だった。それまでのフィジカルを要する柔術から、力に頼ることなくテクニックで相手を凌駕する柔術へと発展させたエリオ。そのエリオの柔術をより高次なものへと昇華させたのは、彼に唯一の敗北をプレゼントした木村という柔道家だった。木村政彦がどのような男だったかを知ることで、グレイシー柔術の違った側面が見えてくる。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

 

  

⑦ヒクソン・グレイシー 無敗の法則

グレイシー一族最強のファイターとして400戦無敗を誇った柔術レジェンド。晩年のエリオは独自のスタイルを模索していたヒクソンを認めようとしなかったが、ヒクソンの自伝でもある本書を読むと、彼もまたグレイシー柔術の今日的意味合いに逡巡し、エリオの哲学を正統に受け継いでいたことがわかる。ヒクソンのグレイシー柔術への理解と愛に溢れた内容になっていて、柔術フリークなら必読。

ヒクソン・グレイシー 無敗の法則

ヒクソン・グレイシー 無敗の法則

 

 

⑧ブラジリアン バーリトゥード

グレイシー柔術と切っても切れない関係にあるのがバーリトゥード(異種格闘技戦)。そのバーリトゥードの実情を、自身でも柔術をたしなむ写真家・井賀孝がブラジルへと渡り、写真と文章で綴った渾身のルポルタージュ。続編の『バーリトゥード 格闘大国ブラジル写真紀行』も刊行しているが、2000年初頭の混沌としたブラジル格闘界のリアルをビジュアルでとらえた本書はとくに貴重だ。

ブラジリアン バーリトゥード

ブラジリアン バーリトゥード

 

 

⑨ゴング格闘技ベストセレクション 1986-2017

数ある日本の格闘技雑誌の中でも歴史があり、いち早く日本にグレイシー柔術を紹介した媒体であった『ゴン格』。現在のMMAに連なる系譜の中で重要な伏線となった複数の記事を再編集したのが本書。最初の1章がまるまる柔術にページが割かれており、木村政彦対エリオの真相、生前のエリオの胸中やヒクソンが語る息子クロンへの思いなど、グレイシー柔術を現在(いま)の文脈から理解できる良質なインタビュー記事が目白押しである。

ゴング格闘技ベストセレクション 1986-2017

ゴング格闘技ベストセレクション 1986-2017

 

 

⑩ブラジリアン柔術 セルフディフェンステクニック

アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ(現:UFC)によって脚光を浴びたホイス・グレイシーによる、グレイシー柔術の本質でもあるセルフ・ディフェンス(護身術)のテクニックを細かに解説した本邦初の技術書。グレイシー柔術とは何なのか、そのメカニズムを術理から解き明かすにも必見の内容になっている。

ブラジリアン柔術 セルフディフェンステクニック

ブラジリアン柔術 セルフディフェンステクニック

  • 作者: ホイスグレイシー,シャールズグレイシー,中井祐樹,黒川由美
  • 出版社/メーカー: 新紀元社
  • 発売日: 2003/08
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 14回
  • この商品を含むブログ (1件) を見る
 

 

 

【番外編】

The Gracie Way

ここからは番外編として英語で書かれた洋書を紹介する。グレイシー柔術がブラジル発祥のものである以上、日本語で書かれた文献を読み込んだだけでは限界がある。とくに一族の歴史を追っていくと、日本では知りえない謎と実情が存在するのだ。この『The Grcie Way』は自身が門下生でもあるKid Peligroが一族に丹念な取材を行い、知られざる歴史に光を当てた名著である。

The Gracie Way: An Illustrated History of the World's Greatest Martial Arts Family (Brazilian Jiu-Jitsu Series)

The Gracie Way: An Illustrated History of the World's Greatest Martial Arts Family (Brazilian Jiu-Jitsu Series)

 

 

Gracie Jiu-jitsu Master Text

生前のエリオ・グレイシーが自身の柔術知識のすべてを詰め込んだと語った、自身の柔術大系の集大成といえるテキスト。275ページ中で1200を超える図版によって術理が解説された、まさに力作である。しかもグラウンドテクニックのみならず、スタンドアップでのセルフディフェンスにまで懇切丁寧に言及された、グレイシー柔術の聖典と呼ぶに相応しい圧巻の内容。

 

The Gracies and the Birth of Vale Tudo

最後はドキュメンタリー映画だ。残念ながらこちらも日本に配給されなかったため未邦訳なのだが、グレイシー柔術の誕生から現在にいたるまでを時系列の映像でうまくまとめられている。一族の稽古風景やバーリトゥードの試合映像など、史料的価値の高いものも数多く含まれていて、観ているだけでも十分楽しめる内容になっている。理解の一助になってくれること間違いなし。