近未来航法

予測不能な現代社会を生き抜く知的サバイバル術

ワールドカップにみるモダンサッカーの展開

今回のサッカーワールドカップは間違いなく面白い。まだ5日目を経過したばかりだが優勝国の本命であるドイツの初戦が黒星だったり、ブラジル、ポルトガル、スペインなども精彩を欠きドロースタートだったりと、すでに波乱の様相を呈している。大会前から今大会はモダンサッカーにおける分水嶺になるだろうと思っていたら、想定以上の展開になっているのだ。

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以前に書いた記事で地政学的にサッカー史を俯瞰すると、アート(個人技)と論理(戦術)によるせめぎ合いの歴史が絶えず繰り返されていて、今はちょうど「戦術の時代」にあるが、まもなく「個人技による1対1の時代」へと再突入するだろうと予言めいたことをほのめかしたりもした。その見識はまだ今大会の触りにしか差しかかっていないが、したたかな確信に変わっている。

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何故に分水嶺になるかというと、ペップ・グアルディオラにはじまるサッカー戦術の飛躍的革新により、5レーン理論ポジショナルプレー可変システムなど新たな概念がモダンサッカーにおける新潮流になりつつある。しかし一方で、これらの革新がよりサッカーをシステマチックに深化させるものなのか、それともサッカーにおけるアート性、スペクタクル性を疎外し、より単調でつまらないものへと変貌させてしまうものなのか、その真価が問われているからだ。

 

たとえばモダンサッカーの主要コンセプトのひとつ、ゲーゲンプレッシング。見方を変えれば、それこそアリゴ・サッキに端を発するゾーンプレスにその源流を見出すことができるのだが、従来よりもアグレッシブにボール奪取に動くトランジットラインが敵陣深くになったことで、華麗なボールさばきや卓越した個人技のつけ入る隙や余地は極端に減少することになった。

 

つまりはテクニックよりもフィジカル、イマジネーションよりもインテンシティといったぐあいに「強度」が鍵を握るサッカーが支配的になってくる。この傾向は今大会でもすでに露呈していて、アイスランドやスウェーデン、スイスなど古豪の台頭がこれを証明している。他方でプレーエリアがより前へ前へと移行した結果、かつてファンタジスタやレジスタと呼ばれゲームを支配していた中盤センターラインの重要性は薄れ、かわりに1対1で相手を抜き去ることで数的優位をつくるライン際のウィングの有用性が今まで以上に高まっているのだ。f:id:funk45rpm:20180619131645p:plain

 

さらには前からの激しいプレッシャーはゲームを細かく分節化することになり、必然的にセットプレーの重要性を高めることになったのだが、これがはたしてサッカーの進化と呼べるものなのか。セットプレーによる得点は試合におけるゲームの流れ、つまりポゼッション率やパスの成功率などの要素に関係なく、特権的に与えられた“神の見えざる手”だ。つまり、それまでの試合の趨勢に関係なく、否応なしにレフェリーの主観によって創造される決定機なのだ。これが結果としてゲームの内容如何に関わらず、ことなかれ的な成果主義を助長しはしないだろうか。つまりは「ゲームはつまらないけど負けないサッカー」化を推し進めてしまうことにはならないだろうか。

 

しかし、モダン戦術がもたらすものは何も悪い要素だけではない。たとえばポジショナルプレーという新たなコンセプト。現代サッカーの父ヨハン・クライフの思想を頂点にした「得点しやすく、失点しづらい陣形を組むこと」を基本理念に編み出されたこのコンセプトが、従来の固定化しきったポジションによる専門分業化を陳腐化しつつあるのだ。その結果、従来の枠組みでは捉えきれない新たな役割を担ったプレーヤーがピッチで躍動することになった。たとえばヨシュア・キミッヒに代表されるレジスタ特性をもったサイドバックの存在や、ノイアーのような超攻撃的リベロの役割をも担うゴールキーパー等の新人類世代が該当する。

 

ポジションにおける優位性から、戦術というものが生まれる」と語ったのはチェスにおける悲劇の天才ボビー・フィッシャーだが、量的優位性、質的優位性、位置的優位性という三拍子揃った絶対的、黄金律的なポジショニングを地理的に支配すれば勝てるという思想性がここに内在している。その結果、既存のポジション論からは思いもよらない幾何学的な化学反応が生まれることになり、ポジションに縛られることなく、より自由度の高いスペクタクルなサッカーが誕生する兆候といえなくもないのだ。

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これらを総合して考えてみると、革新的な戦術論が成熟して一般化した場合、その反動で組織的な取り組みとしての戦術を打ち破り、変化をもたらすことができるのは「」の力になってくる。これは歴史が証明している。近年のサッカーにおける最大の発明、ゾーンプレスが浸透して以降の1994年アメリカと1998年フランスのワールドカップ。ともにブラジルとフランスという個人技主体でファンクショナルなチームが優勝した。そう考えると、ペップにはじまるモダンサッカーはまだ海の物とも山の物ともつかぬ試行錯誤の状況だ。これらの最新理論が一般化するにはまだ少し時間を要するかもしれない。

 

そういう意味でも今大会は、戦術優位のモダンサッカーvs個人技主体のクラシカルサッカーという大きな構図の物語が楽しめるのではないだろうか。サッカーは理論の世界か、はたまたアートの世界が支配するスポーツなのか。戦術の進化がサッカーに何をもたらすのか。こういった文脈において象徴的な大会になることは間違いない。

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優勝国を予想するなどの野暮なことを書くつもりはない。しかし、ワールドカップはきらめく新星たちがしのぎを削り、その才能を披露する場でもある。新たな戦術が時代と融合しつつある今、規格外の新たな才能が開花する可能性は大きい。サッカーファンならずとも、その歴史の転換点を目撃するべきだろう。ここから約1ヶ月間、眠れぬ夜が続きそうだね。

 

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