近未来航法

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ブラジリアン柔術に効く『孫子の兵法』②

ブラジリアン柔術で使う「孫子の兵法」シリーズ、2回目となる本記事は個人的にも孫子の思想が結集した重要な章と考えている「形篇」と「勢篇」へと突入する。観念論的な、独特の語法とコンセプトに関する言及が多く散見されるが、含蓄ある深い示唆が随所に散りばめられている。 

 

今回も書き下し文と原文、そして俺の超訳と解説を付記した。おもにブラジリアン柔術で実践していただくことを前提に執筆しているが、孫子の教えは普遍的で、あらゆる物事に通ずる。だから柔術にかぎらず、人生において何がしかの参考にしていただければ本望だ。柔術家の方は試合に、練習に、チームメイトとのスパーリングなどに実践されたし。ご武運を。

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形篇

孫子曰く、昔の善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ。

原文孫子曰、昔之善戰者、先爲不可勝、以待敵之可勝

超訳孫子は言った。昔の戦上手はまず守備を固め、相手がつけ入る隙をなくした上で、敵のミスを誘いながら攻勢の機会を狙う。

 

解説:むやみにこちらから仕掛けるよりも相手の出方を静観しつつ、さとられることなく盤石の態勢を整え、敵が弱みを見せるのをじっと待つべきだという。相手が今どこにいて、そのポジションで何が出来るかを知り、相手の技を防ぐことがグレイシー柔術におけるセルフディフェンスの基本と考えるなら、孫子の思想との相性の良さを感じずにはいられない。

 

善く守る者は九地の下に蔵れ、善く攻むる者は九天の上に動く。

原文善守者、藏於九地之下、善攻者、動於九天之上

超訳守備が上手い人は相手に動きをさとらせず、攻撃が上手い人は大局を見て好機を逃さない。

 

解説:守備と攻撃の極意を短い言葉の中に凝縮した一文。頭では理解できるが実践するにはそれなりの経験を必要とする深い洞察が含まれている。

 

古の所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ。(中略)忒わざる者は、其の措く所必ず勝ち、已に敗るる者にて勝てばなり。故に善く戦う者は不敗の地に立ちて、敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む。

原文古之所謂善戰者、勝於易勝者也、(中略)不忒者、其所措必勝、勝已敗者也、故善戰者、立於不敗之地、而不失敵之敗也、是故勝兵先勝而後求戰、敗兵先戰而後求勝

超訳昔から戦上手は圧倒的に有利な状況で勝っていた。(中略)必ず勝つのは形勢を操り、必然的に相手を追い込んでいるからである。だから戦上手は負けることのない絶対的な布陣を組んでから勝負に臨み、逆に負ける者はまずは戦ってみてから勝機を見出そうとする。

 

解説:勝つのはそれなりの蓋然性があってのことで、根拠もなく勝利するものではないということ。事前準備と日々の鍛錬の重要さを痛感させる。場当たり的というのが一番の害悪で、それなりの予測と備えがなければ戦ってはいけない。試合前の対戦相手の分析は入念に行おう。

 

勝者の民を戦わしむるや、積水を千仞の谿に決するが若き者は、形なり。

原文勝者之戰民也、若決積水於千仞之谿者、形也

超訳士気が高まり鋭気がみなぎったファイターは、堰を切った濁流のように相手の氣をも呑み込む。これを形(けい)という。

 

解説:孫子は「」のイメージを象徴的に多用している。余談ながらここで使われている「積水」なる語は、日本企業の積水化学工業の社名の由来でもある。ここでの「水」は、おもにモチベーションや士気を指して使っている。肉体のみならず精神力も鍛錬せねばならんということ。

 

勢篇

三軍の衆、必ず敵を受けて敗無からしむべき者は、奇正是れなり。兵の加うる所、碬を以て卵に投ずる如くなる者は、虚実是れなり。

原文三軍之衆、可使必受敵而無敗者、奇正是也、兵之所加、如以碬投卵者、虚實是也

超訳敵の攻勢を受けても決して負けないのは、正攻法と奇策を併せて用いるからである。攻勢を強めて石を卵にぶつけるように容易に撃破できるのは、実(強み、優位性)で敵の虚を衝くからである。

 

解説:奇と正、虚と実、形と勢などの背反する二項を陰陽論的に同一律として対比させるのも孫子の大きな特徴。同一律については後でも詳しく説明しているので参照してほしい。ここでは攻撃における正攻法と奇策の2つをうまく織り交ぜることで戦いに抑揚をつけることができ、そこにおのずと敵の隙が生じるということを示している。腕十字にいくと見せかけてオモプラッタで極める、というようなフェイントも正攻法から奇策への流れの中で可能になるということ。

 

凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に善く奇を出だす者は、窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江河の如し。

原文凡戰者、以正合、以奇勝、故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河

超訳戦いというものは正攻法で迎撃し、相手の不意を衝く奇策で勝つ。だから奇策を上手く使うことができる者は、自然の摂理のように困った状況に陥ることはなく、江河のように発想が尽きることがない。

 

解説:意表を突く奇策というのは本当に奥が深く難しいものだ。たとえば日常でもサプライズを演出するなど、相手が思いもよらなかったことをすると効果的なのは誰もが知っている。相手の想定を覆すというのはクリエイティビティを必要とするものではあるが、だからこそ意外性に溢れた「奇策」の使い方こそが勝利を決定づけると考えるべきだろう。

 

戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝げて窮むべからざるなり。奇正の相生ずること、循環の端無きが如し。誰か能くこれを窮めんや。

原文戰勢、不過奇正、奇正之變、不可勝窮也、奇正相生、如循環之無端、孰能窮之

超訳戦いの様相というのは正攻法と奇策のパターンしかないが、この2つを併せて上手く活用すれば勝てずに困ることはない。この2つを併用した組み合わせには無数のパターンがあり、まだこれを極めた者はいない。

 

解説:つまるところ攻撃には正攻法と奇策の2種類しかないが、その組み合わせ次第で無限のバリエーションを生み出すことができる。少ない手駒で万策尽きたと思っても、工夫次第ではいくらでも攻撃に厚みをもたせることができるということだ。

 

激水の疾くして、石を漂わすに至る者は勢なり。鷙鳥の疾くして、毀折に至る者は節なり。是の故に善く戦う者は、其の勢は険にして、其の節は短し。

原文激水之疾、至於漂石者、勢也、鷙鳥之疾、至於毀折者、節也、是故善戰者、其勢險、其節短

超訳堰を切った濁流のような水は石をも砕くことができ、これを勢(せい)という。鷲や鷹などのようなしなやかな瞬発力が節(せつ)である。戦上手が操る勢はときに鋭く、節は刹那の一瞬を衝くものである。

 

解説:ここでも再び「水」の引用。これはまさに蝶のように舞い、蜂のように刺すイメージなのだろう。無形であることの強み、そしてここぞというときの瞬発力や一瞬の馬力が戦いに変化を生み勝機へと繋がる。お解りになるだろうか、武田信玄の有名な「風林火山」は孫子から引用されたといわれているが、まさに重なる部分がこの一文からも見出すことができる。

 

混混沌沌として、形円くして敗る可からざるなり。乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。治乱は数なり。勇怯は勢なり。強弱は形なり。

原文渾渾沌沌、形圓而不可敗也、亂生於治、怯生於勇、弱生於彊、治亂數也、勇怯勢也、彊弱形也

超訳勝者はたとえ混戦になって陣形に変化があっても形勢を逆転されることはないはずだ。乱れは秩序から生まれ、怯えは勇気から生まれ、弱さは強さから生まれるのだ。治乱は論理的な問題で、勇怯は「勢」の範疇の問題であり、強弱は「形」の問題なのだ。

 

解説:孫子の特徴的な思想である「同一律」の考え方が示された箇所。同一律とは、すべての物事は表裏一体をなしており、その根源は同じものに帰するという考え方である。これは禅の源流として注目されている老荘思想、つまりタオイズムや自然観を孫子が受け継いでいたものと見受けられる。このように孫子のエッセンスは戦争のみにとどまらず、人生や生き方というテーマにまで応用可能なのである。

 

勢に任ずる者は、其の人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し。木石の性は、安なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。故に善く人を戦わしむるの勢、円石を千仞の山に転ずるが如きは、勢なり。

原文任勢者、其戰人也、如轉木石、木石之性、安則靜、危則動、方則止、圓則行、故善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者、勢也

超訳「勢」を操るの(モチベーションコントロール)に長けた人は、まるで木や石を転がすように「勢」を用いることができる。木や石というのは平坦なところだと止まってしまうが、傾斜しているところだと動く。だから戦上手は丸い石を切り立った山から転がすように「勢」を使うことができる。

 

解説:これはモチベーションの効果的な使い方に言及した部分ながら、孫子が兵学や心理学、政治学のみならず物理学にまで精通していたことを覗わせる内容になっている。ニュートンが万有引力の法則を発見したのが17世紀ごろの話だから、このような正確な洞察を紀元前500年ごろにしていたというのは驚きというしかないだろう。

 

孫子は人間による物理的な世界のみならず、タオイズムによる風水的な自然法則と、そして人間の心理的な世界観という3つの視点で戦争という事象を捉えていた。つまりは「形」とは物理的世界における勝利のセオリーを、「勢」とは心理的世界に及ぼす精神的な働きをイメージ化して語っているのだ。

 

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以上、今回はここまで。孫子は柔術、そして生き方の極意を教えてくれる。このシリーズ、まだまだ続く。押忍!

 

全文完全対照版 孫子コンプリート: 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文

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