近未来航法

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ブラジリアン柔術に効く『孫子の兵法』⑤

久かたぶりの、ブラジリアン柔術に効く『孫子の兵法』シリーズ。どうもシリーズものについてはいつでも書けると思うと、筆が遠ざかってしまうものだ。今回は13篇中8篇目にあたる九変篇だ。もはや云うまでもなく、読み下し文に原文、俺の超訳と解説を懇切丁寧にお付けしている。柔術にとどまらず、人生あらゆることに応用の効くエッセンスがここには凝縮されている。

 

どんなことでも勝負にこだわる御仁なら、ここに記された内容をうまく汲み取り、日常生活に活かしていただくことが可能なはずだ。ぜひ実践いただきたい。とくにこの「九変」は抜粋ではなく全文掲載になっている。削るべきところがない重要な示唆が全編に盛り込まれているのだ。

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柔術家の御仁はこれを読んだうえで試合に、練習に、チームメイトとのスパーリングに実践されたし。どうか、ご武運を。

 

九変篇

孫子曰く、凡そ用兵の法は、将命を君に受け、軍を合わせ、衆を聚め、圮地(ひち)には舎(やど)ること無く、衢地(くち)には交わり合わせ、絶地には留まること無く、囲地には則ち謀り、死地には則ち戦う。塗(みち)に由らざる所有り、軍に撃たざる所有り、城に攻めざる所有り、地に争わざる所有り、君命に受けざる所有り。

【原文】:孫子曰、凡用兵之法、將受命於君、合軍聚衆、圮地無舍、衢地交合、絶地無留、圍地則謀、死地則戰、塗有所不由、軍有所不撃、城有所不攻、地有所不爭、君命有所不受

【超訳】:孫子は言った。君主から指揮を任されたら、軍を編成し兵力を集めたなら、圮地に留まることがないようにし、衢地では他国と衝突が起きないようにし、絶地では孤立しないようにし、囲地では敵を欺き、死地では決死の覚悟で戦わなければならない。あきらかに行軍には向かない地形というものがあり、攻撃するべきでない地形があり、城を攻めるべきでない地形があり、白兵戦を行うべきでない地形があり、いかに君主の意向であろうとも実行すべきでない状況というものがある。

 

【解説】:「圮地」とは軍を展開した場合に地理的に不利な土地、「衢地」とは複数の勢力が均衡し楔(くさび)となりえる戦略的な要衝、「絶地」とは隔絶地・遠征地のことで、「囲地」は包囲されやすい地形のことである。ここで述べられている要衝と地形こそが孫子のいう「九変」であり、その地形が意味するところをよくよく理解することが用兵の要であるとしている。

 

本家グレイシー柔術ではよく「戦略」という言葉が使われる。ヒクソン・グレイシーもまた柔術の重要な要素をベース、戦略、タイミング、コネクション、レバレッジの5つで説明しているが、九変はまさにその「戦略」に該当する。グレイシー一族の「戦略」とは、やるべきこと・やるべきでないことを状況によって明確にするということなのだ。ここにグレイシー柔術と孫子の兵法のおどろくべき一致点が見られるのだ。

 

是の故に、智者の慮は、必ず利害に雑(まじ)う。利に雑りて、而ち務め信ぶ可きなり。害に雑りて、而ち患い解く可きなり。

【原文】:是故智者之慮、必雜於利害、雜於利、而務可信也、雜於害、而患可解也

【超訳】:だから、賢い者は必ず利害の両面をあわせて考える。利益の裏で発生するであろう損害についても計算するので、利益が損害を上回る算段がたてば事業は成功する。事前に損害も織り込んで勘定に入れておくことで、気に病んだり、心を煩わせることもない。

 

【解説】:これはまさに成功哲学といえる普遍的な至言だ。とくにビジネスの世界だとプラスの面だけでなく、マイナス要素もしっかり想定したうえで事を起こすことが、成功者たちに共通する習性なのだ。柔術の試合でも技がかからなかった場合のリスクまで、しっかり認識したうえで仕掛けにいくべきだろう。リスクも織り込み済みなのだから、仮に失敗したときでも精神的なダメージを軽減できるというわけだ。

 

是の故に諸侯を屈する者は害を以てし、諸侯を役する者は業を以てし、諸侯を趨(はし)らす者は利を以てす。故に用兵の法は、其の来たらざるを恃(たの)むこと無く、吾れの以て待つ有るを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾れの攻むべからぎる所有るを恃むなり。

【原文】:故用兵之法、無恃其不來、恃吾有以待也、無恃其不攻、恃吾有所不可攻也

【超訳】:ゆえに他者を屈服させるには損得勘定の損を示し、他者を利用するにはそうせざるをえないような状況をつくり、他者を奔走させるには食いつきそうな餌をちらつかせることだ。だから用兵(武術)の鉄則は、敵が仕掛けてこないことに安心するのではなく、いつ何時も敵が仕掛けてきてもいいように万全の体勢で待っていることが重要だ。敵が攻めてこないことに安心するのではなく、敵が攻めてこれない状態を自ら作りだすことが肝要なのだ。

 

【解説】:とくに「故に用兵の法は~」以降の一節は、含蓄ある見事な見立てと語彙だ。きわめて武術的な表現であることに驚く文章なのだが、宮本武蔵など卓越した武術家はしばしば「用兵家」としても紹介される。これは中世日本において、武芸に秀でた者は一定数以上の集団を統率するにも優れた才能があったことを窺わせるものだ。それはつまり、武術の極意=兵法という定式が成り立っていたことを意味する。この篇でも、もっとも味わい深い箴言になっているのではないだろうか。

 

故に将に五危有り。必死は殺され、必生は虜にされ、忿速は侮られ、廉潔は辱められ、愛民は煩わさる。凡そ此の五者は、将の過ちなり、用兵の災いなり。軍を覆し将を殺すは、必ず五危を以てす。察せざるべからざるなり。

【原文】:故將有五危、必死可殺也、必生可虜也、忿速可侮也、廉潔可辱也、愛民可煩也、凡此五者、將之過也、用兵之災也、覆軍殺將、必以五危、不可不察也

【超訳】:武将には気をつけるべき、“五危”という教訓がある。決死の総力戦では必ず限界があり、結局は死ぬことになるし、身の安全を優先させれば捕虜にされてしまう。こちらが感情的になると、まんまと罠にはまってしまうことにもなり、プライドの高さは凌辱されたときに取り返しのつかない脆さとなる。誰に対しても優しさを見せると、それらが大きな足かせにもなってしまう。以上の5つは武将が陥ってはならない失策であり、集団を統率するうえで災いになる。戦況をひっくり返されて統率を失う理由には、必ずこの五危が潜んでいる。よくよく認識しておかなければならない。

 

【解説】:武人である以上、皆それぞれに美学があって、少なからず義俠心を持ち合わせているものだ。しかし、そういった義理人情や高潔な誇りという目に見えないものは闘争においては邪魔になるだけだ。そんなものは勝負に生きるなら捨ててしまえ。そんな孫子の声が聴こえてきそうな、冷徹なまでのリアリストとしての思想がよく著されていると思う。

 

孫子の兵法は組織論やリーダーシップ論として知られているが、ここで語られる「将」を闘いにおける自分の一つの人格として捉えると、ブラジリアン柔術でも応用が効く。よくよく負けた試合などを思い返してみると、五危で語られている事柄が当てはまることが多いのではないだろうか。

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終わりに

今回も動画をご紹介して、孫子の教えが生きているブラジリアン柔術の試合動画をご覧いただきたいと思う。現代のおもだった国際大会というのは、柔術家による最新技の見本市という側面を持っている。だからこそ、みんながしのぎを削り開発した新たな技やシステムが更新され続けており、その対処法が日々研究されているのだ。

 

そんなモダン柔術の世界で伝統的なグレイシー柔術の技法だけで勝負し続け、その戦績の多くが一本勝ちによるものという恐るべき柔術家がいた。柔術家からもっとも尊敬される柔術家、ホジャー・グレイシーだ。


ROGER GRACIE VS. MARCUS BUCHECHA

 

そんな三十代も後半のレジェンドであるホジャーが、現役世界最強王者として今の柔術界に君臨する9歳も若いマーカス・ブシェシャと2017年に渡り合った試合映像がこちら。まともに対決したところでフィジカル差は大きいし、試合勘でもブシェシャに分がある。しかしそんな優位性をも無効化するべく、伝家の宝刀であるゲームプランをホジャーは愚直に実行する。のらりくらりスタンドでの攻防をかわし、相手が疲労した機を狙い自ら引き込む。驚くべきホジャーの戦略とその展開、どうぞご堪能あれ。Oss!

 

全文完全対照版 孫子コンプリート: 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文

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五輪書 (講談社学術文庫)

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