近未来航法

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いわた書店『一万円選書』の意味と、その可能性

先月末、いわた書店の「一万円選書」に当選したとの報を家人から受ける。えっ、マジかよ!

 

北海道は砂川市に実在する小さな書店に全国から注文が殺到、年に数回の抽選方式で当選した顧客にだけ店主が個別に厳選した1万円分の本を届けるというサービス。以前からテレビ番組かなんかでこのサービスの存在は知ってて。過去に幾度か応募したもののあえなく落選。それでも、めげることなくチャレンジし続けた末の結果だったんだわ。店主の岩田徹さんからのメールによると今回も約3000件の申し込みがあったんだとか…。よく当選したよな、ほんと。

件のいわた書店はこーゆーお店。いつの日か行ってみたいと思う本読みの聖地↓

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このサービスの人気の秘密は。『カルテ』と呼ばれる読書アンケートにもとづいて、店主が読み手に合わせたオススメの本を提案してくれるというカスタマイズ性にある。そのカルテには今までのベスト本20冊やら最近気になったニュース、これまでの人生でうれしかったこと・苦しかったこと、自分にとっての幸せとは何かといった個人の経験や価値観を問う質問が用意されている。これを事前に記入して提出すると、岩田さんが見繕った本のリストが送られてくる。そこで合意がなされれば書籍が納品されるというもの。いうなれば「本のコンシェルジュ」といったところ。

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一万円選書の本質は顧客からすれば自分の人生や経験をとおして岩田さんがどんな本を選んでくれるのか、本を媒介にして自分の生き方の中に何を見出してくれるのかっていうある意味で人生相談的なニュアンスが多分に含まれている。このサービスを成立させているのが御年65歳の人生経験も豊富な大先輩、岩田さんの読み手としての信頼性にあることは言うまでもない。

 

つまり「本」をメディアにしたメッセージサービスとして機能しているのだ。その根底には俗にいう核家族の崩壊で父親や祖父母世代とのコミュニケーションが希薄化してしまったということが背景にあるのだろう。一昔前なら「こんな時にはこういう本を読んでみるといい」というような書誌データとメッセージはひとつ屋根の下で媒介していたはずなのだから。

 

そんな失われつつある世代間コミュニケーションを代替するサービスとしての側面も持つ「一万円選書」、俺自身も自らの経験と感性と勘を以てアクセスできる人文知にはすでに到達しきった感があって。早い話が読む本の傾向が固定化しつつあった。だからこそ自分自身では到達しえない、まったく自分とは違う人生を歩んできた人が積み上げたリファレンスというのはとても貴重なもので。そこから参照されるドキュメントは、価値観が異なる俺からするとまさに垂涎もののセレンディピティなわけだ。

 

しかも人生を一歩も二歩も先を歩んでおられる岩田さんのような父親世代の人が、俺に向けてどんな本をチョイスしてくれるのかが大きな焦点だった。そこでカルテの核となるベスト本20冊には包み隠さずにありのままの読書歴を記載した。

<実際に記入したカルテの内容>

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読書を始めた小学校時代から現在までを振り返り、間違いなく自分の血肉となった思い出の本から最近読んだ印象的なものまで、小説、ノンフィクション、エッセイ、詩集に至るまでなるべく偏りのないように20冊を選定してみた。こうして見ると、やっぱり青臭いとゆーか。いかに俺が浪漫主義的な、サブカルクソヤローであるかがよくわかると思う。

 

そして帰国子女としての自分の苦悩の過去、今まで歩んできた道のりなんかを事細かに書き綴って、やりたいことに取り組めている現在の充実した状況を結びに記した。そして数日経って届いた岩田さんからのメールに驚愕した。

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A4用紙にして1枚分びっしりと選書リストとともに岩田さんご自身の経験談と現在の所感、カルテから読み取れる範囲のささやかなアドバイスが添えられていたのだ。ここで初めて一万円選書の本当の価値というものが見えた気がした。当の俺自身が父親とは疎遠で祖父も早くに亡くしている。生活基盤も価値観もこり固まって人生も折り返し地点にさしかかった今、自身の経験をバックボーンにして意見してくれる年長の人間が身近にどれだけいようものか。

 

もちろん選書自体も意義深いことなんだけどさ。なんの縁もゆかりもない人間を相手に、ちょっとしたやり取りと読書歴だけを頼りに俯瞰して発せられた真摯な言葉のありがたみ。これは本当に嬉しかった。「どうか、僕の選んだ本を参考にして、自分自身のこころの声に耳を傾けてみてください」。メールにはそう書かれていた。

 

で、肝心の選書リストの方だけど。基本的にベストセラー、自己啓発やハウツー本の類は選定しないことをポリシーにされているそうで、著者名は伏せて書名だけが送られてくる。これは著者というメタデータを省くことで先入観や偏見なしに本と向き合ってほしい、そーゆー意図なのだと理解した。だからこそあえてそれ以上に詮索もせず、事前に書名をググるなど無粋なマネもせずにそのまま受け入れることにした。しかしながらリスト中の数冊には見おぼえある書名があったのでそれだけは違う本に差し替えてもらい、後は本が送られてくるのを待つだけという状態になった。そうこうしながら数日後、実際に本が届いた。

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 ※写真中の「逝きし世の面影 」は岩田さんがとくに激賞していて、かなりの高確率で配本される定番の1冊。その他にも「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」や「モリー先生との火曜日」は他の当選者の投稿を拝見するによく同梱される書籍と見受けられる。俺はこれらの定番ものを勝手に「いわたクラシックス」と名付けた。多くの人にお薦めしているということはそれだけ普遍的で素晴らしい内容であることを示している。ちなみに今回送られてきたものは文庫本であっても500ページを超える大著がほとんどで、かなり読み応えのありそうな骨太なセレクトになっている。

 

実際に本が手元に届いて思ったのは、やっぱり自分自身の感性では手にすることのなかった書籍たちだなっていうのが実感で。しかも読み手としてもプロである(失礼ながら)本屋のオヤジが実際に読んで面白かった本だけを厳選したセレクトだ。内容はかなりの意味で折り紙つきだからこそ、どれから読むべきかという新たな問題が受け取った瞬間から生起することになる。

 

さらにはこちらの今のコンディションを把握した上で絞り込んでもらった本たちなので、一冊一冊に岩田さんの何かしらのメッセージが埋め込まれているはずだ。そのメッセージの意味を噛みしめながら読み解いていくのもまた一興というものではなかろうか。これから極上の読書体験が扉を開けて待っているのだ。

 

この「一万円選書」のように、顧客一人ひとりのニーズに合わせてサービスを組み立てる手法をマーケティング理論では「ワントゥワン・マーケティング」と言うのだが。そんな類型的なビジネスモデルにカテゴライズされることのない商売の本質が凝縮されているように思う。

 

1本980円のみかんジュースが話題の谷井農園代表の谷井さんは、伝説となったレストランのオーナーシェフからかつて「20代で1000万円食べなさい」と言われたことがあるそうだ。そうすればプロに負けない舌ができる。まずは食べることだ、と。本当に真心こめた最良のサービスを顧客に提供しようと思うと、自分自身で最上のサービスを体験しないと提供できないわけで。そーゆー意味でも本当にいい消費体験が久々にできた。なるべく多くの人にこのサービスを体験してもらいたいと思う。気になる方はぜひ以下のリンク先か、いわた書店のFacebookページをこまめにチェックするがよろし。

www.facebook.com

 

まあ、実際のところ人生行き詰まったり悩んでるときってのは安易にイマージュの世界に逃げないほうがいいこともある。頭の中の世界を広げるよりも実世界での経験値を積むってことは読書以上に大事なことだしな。それでもなお本に救いを求めるってのは人間の性ってやつで。「読めば、あなたの知層になる」とは、よく言ったものだ。読まないよりは読んだ方が絶対にいいんだよ。

 

ということで、しばらくは眠れぬ夜をすごすことになりそうだ。Adiós, amigo!

 

※2017/11/07 追記

一万円選書に関して興味深い記事が他所にあったので貼っつけておく。