近未来航法

予測不能な現代社会を生き抜く知的サバイバル術

「批評眼」を養う読書7冊

人が自分自身を語るとき、おのずと付いてまわるのが経歴や肩書きという副次情報だ。どのようなお仕事されているんですか?ご専門は何なのですか?もはやこのメタデータ抜きにして、初対面の人間とコミュニケーションを交わすことなどできやしない。ところが自分自身を語ることが難しい人種ってのが存在する。一体お前は何者なんだ?どういったことに長けた人間なんだ?と問われても、明確な答えを持っていない。今現在の職業を答えたところで、俺自身を言い表すのに的確な情報とはいえないのだ。

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過去にはマーケティングに従事して、IT関連での起業経験もあり、数年前までは写真家をやってまして、今は金融業に関わっていて、その他にもベンチャーキャピタルみたいなことも…とかなんとか説明を試みると、途端に質問者の頭に疑問符が点灯しはじめる。「いやぁ~、色々とご経験されてますね」とか「いろんな才能をお持ちでいらっしゃるんですね」なんてお茶を濁されるのは、まだご愛嬌。「フラフラと無責任に、好き勝手生きやがって(怒)」なんて心の声まで聴こえてきたかと思うと、場の空気感は一気に急降下するなんてことも、しばしば。

 

お前はいったい何者なんだ?ふたたび心の声が聴こえはじめる。俺自身が教えてほしいわ…俺はいったい何者なんだ?なんとか俺という人間を知ってもらおうと、ブログに書いてるようなことを喋って話に食い下がろうとする。ありとあらゆる話材にも、それとなく専門用語なんかも織り交ぜながら自分の視点を述べていく。それがインサイダー的なことだったり、深い洞察だったり、わりと真を突いたことを言ってしまっているらしい。すると、聴衆の脳裏にふたたび疑問符が点灯しだす。こいつは何者なんだ?

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他人から言われて初めて自覚したことなのだが、どうやら俺の興味や関心の射程は他人のそれよりも広いらしい。広範な話題に言及できるというのは、ある種の才能みたいなもんのようなのだ。でも俺から言わせると、多様な職業や経験を経ているからこその賜物ともいえる。リアルな日常の中で新たに見知った関心ごとは、書籍や文献などを集めて徹底的に調べる癖みたいなものがたしかにある。でも、それはあくまで知識的なことであって誰にも出来ることだ。

 

では自分自身の洞察や批評としてアウトプットするには、どのような能力が必要なのだろうか。俺は個人的に「批評眼」は以下の要素に集約されると考えている。

批評眼=専門知識+語彙力(ボキャブラリー)+視点

 

先述したとおり、知識は誰もが等しくインプットすることができる。興味関心に応じて、関連する物事をつぶさに調べる。これは誰にでも出来ること。次の語彙力に関しても、読書の総量に比例する能力だと思う。様々なジャンルの、様々な文脈や語り口、比喩表現などに触れることで後天的に習得することができる。これらの要素の中でもっともセンスが問われるのが「視点」である。逆説的にいえば視点の転換次第で、批評は誰にでも可能なのである。

 

視点の転換とは何か。それは単純にいってしまえば、ある物の見方を違う尺度のフィルターに置き換えて眺めることだ。ただ見たままの事象や光景を、そのまま表現することは誰にでもできるし、読む側からすると気付きやサプライズ要素がないので面白みがない。そこで対象物を従来とは違った視点や基準、尺度で読み直すという視点の転換を導入することで評者ならではのアウトプットになるのだ。これも読書体験によって訓練することは可能だと考えている。

 

今回は個人的に「批評眼」を形成するのに役立った書籍を紹介してみたいと思う。ネット社会に溢れる作者のパーソナリティもわからんような、安易なハウツー系のブックリスト系コンテンツにはいつも辟易させられるけど、多様かつ特異な経験を経た執筆者の個人的体験から導き出されたリファレンスの体系というのは貴重なもんだ。俺にそれだけの信頼性があるかはわからんけど、このブックリストがどこかの誰かに役立つものだったら幸いだ。

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ただ、ここで紹介するのはあくまで多様な価値観や物事の見方に触れることを主眼にしている。そういう意味では映画・文学・詩・音楽・演劇・アートなど、あらゆるジャンルに通ずる普遍的なものだけれども、実践するには批評対象への深い研究が必要になることに留意されたし。

 

批評という行為を考える

「批評」とは何か? : 批評家養成ギブス (BRAINZ叢書) 佐々木敦

音楽批評などで知られる著者が主宰する「批評家養成教室」の講義録。批評とは何か、どういった行為なのかという根源的な問いからスタートし、音楽・映画・文芸など各分野ごとに過去の批評家の文章を具体的に例示しながら、新たな批評の形式を模索することを読者に強いる。古今、様々な批評家が独自の批評論を展開しているのだけれど、これほどまでに中立的で、かつ実証的な批評体系は存在しなかった。読み終えると同時に、猛烈に書くことへの意欲を掻き立てられる良書。

「批評」とは何か? : 批評家養成ギブス (BRAINZ叢書)

「批評」とは何か? : 批評家養成ギブス (BRAINZ叢書)

 

 

「専門知識」からみる批評

苔のむすまで 杉本博司

斬新な作風の写真作品で知られる現代美術家の初エッセイ集。古美術への圧倒的に深い洞察が惜しみなく散りばめられた珠玉の名文揃いだ。なかでもアフリカの草原から見つかった350万年前のものとみられる類人猿のカップルの足跡から、人間にとっての愛の営みを考察した「愛の起源」、カメラのメカニズムから映画鑑賞の本質を問うた「虚ろな像」など、緻密な論理展開から導き出される静謐な思考の数々。そして海外在住アーティストならではの日本への憧憬と愛情さえも感じさせ、文化の素晴らしさを再発見できる内容になっている。

苔のむすまで

苔のむすまで

 

 

服は何故音楽を必要とするのか? 菊地成孔

タイトルからしてすでに挑発的な問いになっている、日本を代表するジャズ・ミュージシャンによる批評集。『ファッションニュース』誌で連載されていたコーナーを一冊にまとめたもので、ファッション・ショーの映像を鑑賞し、その舞台音響から各ブランドを批評するという実験的な批評が展開されている。各メゾンのショーで流れる音楽=「ウォーキング・ミュージック」と独自に定義し、定点観測的に分析した情報からファッション業界を読み解いている。多才で知られる文筆家でもある氏の、音楽のみならず服飾文化への知識と造形の深さにただただ脱帽させられる。

 

「語彙力」を鍛える参考書

対談 競馬論―この絶妙な勝負の美学 寺山修司、虫明亜呂無

いくつもの肩書きを持ち、様々な分野でマルチに活躍した寺山修司が好きなのだが、そんな寺山が生涯こよなく愛した競馬について論じた対談本。薀蓄満載の酔狂なマニア本と侮るなかれ。そこは「言葉の魔術師」とも呼ばれた寺山修司。サラブレッドたちの闘いの中に人生を見つつ、あの手この手で競馬について論じていく。競馬を知らない人も、なるほどそういう見方、言い方ができるのかと思わず胸を熱くさせられる、愛と希望に溢れた扇情的な内容になっている。独特の言語感覚が切れ味鋭く突き刺さる、名著中の名著。ちなみに俺も競馬はやりません。

対談 競馬論―この絶妙な勝負の美学 (ちくま文庫)

対談 競馬論―この絶妙な勝負の美学 (ちくま文庫)

 

 

我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ! 吉増剛造

現代詩をラディカルに突き詰め続けている詩人、吉増剛造の壮絶人生を綴った自伝。ところどころに魂の慟哭ともいえる自身の詩を挿し込みながら、その凄まじい体験と創作秘話が盛り込まれ、吉増を知らない人、現代詩に興味のない人にとっても文句なくおもしろい内容になっている。溢れる情熱がほとばしるように疾走する文体、リズム感をともなった心地よい語感、強烈な原色を想起させる色彩的な表現。言葉のプロだからこそ言葉の限界に挑戦し続ける孤高の半生は、ぜひ追体験してみるべき。

我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ! (講談社現代新書)

我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ! (講談社現代新書)

 

 

鮮やかな「視点」の転換

それでも、日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子

これは以前にいわた書店の一万円選書に当選した際に届けられた1冊。高校生を対象に日本の近現代史を題材にして、リベラルアーツとしての歴史の捉え方を説いた講義録だ。何故に批評眼を訓練するのに戦争を論じた本なのかと疑問に思われるだろうが、東大教授の著者はまさに高校生たちへ歴史を理解するために視点の転換を促しているのである。通説・俗説だけを理解するのではなく、複眼的な思考が歴史を理解するには必要なのだということを存分に学ばせてくれる内容だ。なるほど、歴史的事件の裏には通史だけでは理解できないディテールが存在するのだと気付かされた。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

 

 

切りとれ、あの祈る手を 佐々木中

難解で知られる知の巨人ラカンとフーコーの思考を、知る人ぞ知る法制史家ルジャンドルを導き手に読み解いた博士論文『夜戦と永遠』で脚光を浴びた若き哲学者のエッセイ集。圧倒的なアジテートで、斬新な視点から「読むこと」と「書くこと」に新たな解釈をもたらしてくれる。読むという行為が実は革命へと繋がっていくのだということを、話しかけているかのような臨場感ある語りおろしの文体で詩的に綴られる。膨大な学究的知識を背景に、読者に「読むこと」の変容を迫る名著だ。アカデミズムの本領を思い知らされた1冊。

切りとれ、あの祈る手を---〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話

切りとれ、あの祈る手を---〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話