近未来航法

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“動き”が理に適うとき ~右脳型柔術家と左脳型柔術家の発見~

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このほど、ちょっとした不思議な体験をした。ブラジリアン柔術にはボトム(ガードポジション)からトップへと形勢を逆転させる“スイープ”という技が存在する。一口に「スイープ」といってもポジションによっていくつもの種類とバリエーションがあるのだが、このスイープで得意な形を持っているのと無いのとでは雲泥の差なのである。

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ちなみに柔術を始めたばかりの初心者が、最初に直面する問題がある。まず、トップポジションを主体に技を組み立てていくのか、それともボトムポジションを中心に組み立てていくかという問題である。俺が見ているかぎり、多くの人がトップポジションからの組み立てを選択する。ボトムからだと、まず自分に合ったガードを選択し、局面によって様々なガードを使い分け、さらに前述のスイープの技術を磨かなければならないので最初はどうもハードルが高く感じてしまうのだ。

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ご多分にもれず、俺自身もトップからの組み立てを選択した。もともとサーフィンをしていたこともあり、所謂パスガードというディフェンスをいなして相手を抑え込む一連の動作がサーフィンで波をつかまえる感覚に近かったので、とっつきやすかったのだ。でも、柔術を始めてから1年以上が経過した今思うことは、ボトムポジションから組み立てる方が技能の習得ルートとしては理に適っていて上達が早いだろうな、ということだ。

 

なぜなら、かつてエリオ・グレイシーが磨き上げた近代柔術のエッセンスがもっとも凝縮されたのがガードポジションといえるからだ。ガードポジションからの展開には、力に頼ることなくテコの原理を活用した柔術ならではの術理が組み込まれている。このボトムで作用する独特の力学を体感的に体得できれば、柔術に必要なあらゆる動きへと応用することができる。つまりガードポジションは、身体の、力の使い方が柔術そのものの根本理解に直結しているのだ。

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ふたたび話を戻すと、スイープである。必ずしもボトムからトップへと逆転しなくとも、場合によってはガードポジションから関節技なり絞め技でフィニッシュできなくもない。しかし最終的に相手を仕留めるとなると、圧倒的に体勢が安定したトップからじわじわと極めにかかる方が心理的にも肉体的にも楽なのだ。だからこそ相手をひっくり返し形勢が逆転できる、必殺のスイープを持っているとあらゆる状況も平静に対応できるようになる。

 

数あるオープンガードもひととおり試し、ようやく自分に合った形が見えてはきた。ケースバイケースで状況に応じたガードと幾つかのスイープのバリエーションも出来てきた。ところがそれぞれに場当たり的で、今ひとつ決め手に欠く。この形に入れば必ずスイープできるという、絶対的な自信に結びつくような技を見出すには至っていなかった。いくつかのパターンの、仕掛けのどこかで相手が掛かってくれればスイープできる、そういう認識だった。一つひとつの技の精度を高めていけば自信になる、そう考えていた。もともと柔術の、芸術的なまでに理に適った動きに魅了されたのが俺にとっての始まりだけど、是と決めた技の術理に適うよう身体運用を合わせる、そんな発想だったように思う。

 

今ひとつ上手くいかないスイープへの挑戦の一方で、日常的にネット動画などを集中的に見てスイープの形を研究していた。気になる動きを見つけては道場で試して、というお決まりのサイクルで実践を繰り返す。それでもなお、なかなか体感的にしっくりと自らの身体操作に馴染む技と出会うことはなかった。そんな試行錯誤の悶々とした日々に、突如としてスムーズな動作でスイープを繰り出す自らの姿が映像になって急に頭の中に飛来したのだった。技自体はなんてことのないバタフライガードからのベーシックなフックスイープなのだが、いかんせん俺はこのポジションとスイープを見たことはあれど、やったこともなければ試してみようとしたことすらなかったのだ。フェルナンド・テレレでお馴染みの、こーゆーやつ↓


Andre Galvao, Butterfly Guard Sweep: Jiu-Jitsu Magazine #23

 

ところがこの身体操作が実感として妙に馴染むというか、頭の中のイメージだけなのにまったく違和感がない。普通は実際に試してみないことには技の要領や身体の使い方がつかめないもの。しかし、試したこともない技の動きの“理”が、俺の身体の内に確かに実感されるのだ。実践したこともない動きが、あたかもやったことがあるような実感。正直、今までこんな感覚は味わったことがなかった。狐につままれた思いで意を決し、実際にスパーリングでこのスイープを試してみることにした。すると、どうだろう。難なくこのポジションに入ることができ、スムーズに身体が動く。そして、おもしろいように相手をスイープすることができるではないか。まるで昔から使い慣れたポジションであるかのような感覚…

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バガボンド(24)(モーニングKC)』より

 

バタフライガードはスイープに特化したポジションで、フックスイープは定番中の定番ともいえる技なのでそれなりに対策もされるはずだが、今のところ恐ろしいほどの精度でスイープを成功させている。まだ試合での実戦投入はしていないが、自分の中の大きな武器になったことに相違ない。まるで身体が動きを憶えていたかのような、なんとも表現の難しいこの微妙な感覚。云うなれば「動き”が理に適う」、言語化するとそんな云い回しがしっくりとくる。この一件で悟った、自分は俗にいう“右脳派”なのだと。俺の文章を読んだことのある人や仕事上でお付き合いがある方は、みな一様に左脳派だとお思いになられるのだが、その実、理論武装しただけの只の感覚人間だったのだ。

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世の中には2種類の人間がいると云われる。左脳派と右脳派、頭脳派と感覚派、論理派と直感派、実務家とクリエイター、リアリストとアーティスト。二者の違いを表現するのにニュアンスこそ違えど、これだけの語彙が存在する。そして、この二者の違いは柔術においても技の習得アプローチが異なるということがいえそうだ。世に云うところの「左脳派」は技の理に適うように動きを合わせる、つまり最初に術理があって、それに合わせて自らの身体運用をチューニングする人たちのことだ。翻って「右脳派」は動きが理に適うが如く、自らの身体運用をベースにして技を選択的にチョイスする人たちのことを云う。

 

便宜的にここでは右脳派・左脳派という言い方にするが、この二派のどちらが優れているとか勝っているという話ではない。あくまで傾向的に行動特性が分類できる、という話だが、歴史を見ると意外にもこの二派によるせめぎ合いによって覇権は動かされている。日本でも川中島の戦いは誰もが知る史実だ。徹底した合理主義的な理詰めの戦略で無類の強さを誇った武田信玄は左脳型だが、戦争に独自の美学を見出していた職人肌の上杉謙信は右脳型。

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むろん近未来SF映画『ダイバージェント』みたく、はっきりと人間の属性を線引できるわけではないだろう。今回の個人的経験に照らせば、それぞれの特性に合った上達法が存在するようにも考えられるが、それはまたいずれ別の記事で検討しよう。あんた御自身は柔術における武田信玄か、それとも上杉謙信だろうか。いま一度、自らの特性を反芻してみるもよろし。それではいざ、川中島で相まみえん!

 

武道的思考 (筑摩選書)

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※ちなみにスイープの教則ならこれはなかなかいいと思う。