近未来航法

予測不能な現代社会を生き抜く知的サバイバル術

張り詰めていた糸が切れた時に読む本 10冊

今週は妙に神経がざわつく。とくに理由があるわけではない。季節の変わり目なんかに不意に俺を襲うある種の違和感。突然に訪れ、いつの間にか去ってしまう妙な感覚。

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目にするすべての情報が網膜に埋め込まれたフィルタをすり抜けて、とめどなく脳内に侵入してくる感触。体内に流れる血が湧き立ち、居ても立ってもいられず、なんの根拠もない衝動に駆られる変な焦燥感。あんたにも、こんな感覚を味わう夜があるだろうか。俺の場合はなんの前触れもなく、なにかの拍子でこの感覚がやって来る。すると、それまで自分をなんとか正気に保ちピンと張っていた糸が切れる。まるでカルマのようなサイクルの中で喜怒哀楽を繰り返し、生かされていることを実感する契機であったりもする。

 

こんなときは静かに過ごすにかぎる。盲目的にベッドに潜り込み、甘美な眠りの瞬間が訪れるのをただじっと待つ。それでもなお眠れぬ夜を迎えることになってしまうと、余計なことを考えないですむように俺は本を読むことにしている。複雑な理路に迷い込んでしまうようなものは避け、できるだけ単純明快なものを。これは昔から引きずり続けている性癖みたいなものだから、最近はこの症状が出たときはどんな本がちょうどいいのか、ある程度理解できるようになってきた。

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他人にも起こりうることなのかどうかさえ俺には知る由もないが、もし同じような問題を抱えている人がいたら、きっと何かの役には立つだろう。そんなワケで、今回は「張り詰めていた糸が切れた時に読む本」と題して、参考程度に本の処方箋をお届けしよう。考えながら読むものよりは、作品世界に没頭できる小説をとくにおすすめしたい。気になる書籍は是非、ベッド脇の一角に常備あれ。

 

深夜特急 沢木耕太郎

別の何かに支配されそうになる虚無感に襲われたときは、夢想の旅へ逃避することが効果的だ。齢四十を前にして、今でも無性に旅に出たくなる。この本は多くの人が旅のバイブルとして挙げるように、俺にとっても永遠の青春文学の金字塔である。沢木耕太郎は昔から好きな作家のひとりで、自らの美学に生きるがゆえの、ある種のダンディズムが文体の中に滲み出ているのだ。『深夜特急』もまた、醒めた視線の中に宿るポエジー(詩情)が心地いい自伝小説。

深夜特急(1?6) 合本版

深夜特急(1?6) 合本版

 

  

ギケイキ 町田康

あの義経記が、「かつてハルク・ホーガンという人気レスラーが居たが私など、その名を聞くたびにハルク判官と瞬間的に頭の中で変換してしまう」という衝撃の書き出しで甦った町田節のひとつの到達点。俺はこの小説を勝手にプロレス文学と解釈している。ラリアットで場外に飛ばされたかと思えば七転八倒、ジャーマンスープレックスでリングに叩きつけられる。千年前の独白を時空に漂う源義経が自身で現代語に訳して聴かせる、縦横無尽の痛快ドタバタひとり語り。

ギケイキ: 千年の流転 (河出文庫)

ギケイキ: 千年の流転 (河出文庫)

 

 

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? フィリップ・K・ディック

なにやら神経がざわつくときは、むやみに意味や解釈など求めちゃいけない。20世紀最大の不条理SF作家フィリップ・K・ディップを、ただノイズミュージックを聴くかのように読み流すのもまた乙なものだ。怜悧な世界観を受け入れ、文章を吟味することなく寡黙な幻視者のごとく、ひたすら脳内に焼き付けていくのだ。すると悪夢のような闇夜に、一筋の光明を見出だせるようになるかもしれない。映画『ブレードランナー』原作を含む珠玉の短編集。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

 

 

ニューロマンサー ウィリアム・ギブスン

何を隠そう、高校生時分をどっぷりとSF小説に浸かっていた俺は特にサイバーパンクに強烈なシンパシーを抱いた。そんなサイバーパンクの金字塔である本作『ニューロマンサー』は、怒涛のスピードで退廃的な電脳空間を駆け抜ける爽快アクション・エンターテイメント。まさに脳内麻薬でディレイしかけた頭にちょうどいいドライブ感で、最後の瞬間まで一気に読ませる。乱雑なスラングと魅惑的なガジェットに圧倒され、読み終えると同時に訪れる恍惚を味わえ。

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

 

 

未明の闘争 保坂和志

何が起こるわけでもなく、何かが始まるわけでもないのに何かがおかしい。否、むしろどっからがはじまりでどこが終わりか、これは現在なのか過去なのか。あらゆる区切りがこの小説にはない。すべてが平然と存在していて、そしてすべてが存在しない。多くの人はこれを実験小説だと云うだろう。しかし見る人が見ればジョイスや、ガルシア・マルケスに比肩するといい、いやいやドストエフスキーだとも云わしめる。まるで夜戦のような、そんな小説。

未明の闘争(上) (講談社文庫)

未明の闘争(上) (講談社文庫)

 
未明の闘争(下) (講談社文庫)

未明の闘争(下) (講談社文庫)

 

 

死してなお踊れ 栗原康

異色のアナキズム研究者・栗原康が、大きく話題となった前著・伊藤野枝伝の次に書き上げた一遍上人の評伝。一遍は多大な煩悩に逡巡し、一身に欲望と仏門に向き合い、遂には達観を得て「踊り念仏」に行き着いた、ある意味でパンクで破天荒なお坊さんなのだが、その一遍の軌跡を疾走する文体で見事に描ききっている。重くなりがちなテーマを軽快にデフォルメし、生きるとはこういうことか、こんな生き方でいいのかと勇気づけられる。

死してなお踊れ: 一遍上人伝

死してなお踊れ: 一遍上人伝

 

 

禅のこころ 竹村牧男

悩んでいたり、苦しいときこそ禅に学べ。禅語や公案、詩歌を紐解くことで禅仏教の本質に迫った学術書だが、禅の歴史や公案、思想的変遷がコンパクトによく整理されている。平易な禅語集や超訳などもいいものなのだが、道元や良寛などに原典を見出し、そのテクストを参照することなしに禅の理解を真に得ることはできない。そして不思議なことに先人たちの生の言葉に触れると、なぜか心は落ち着きを取り戻したりするものなのだ。

禅のこころ―その詩と哲学 (ちくま学芸文庫)

禅のこころ―その詩と哲学 (ちくま学芸文庫)

 

 

ロックンロールが降ってきた日 秋元美乃(編著)

ブランキーの浅井健一やブルーハーツの真島昌利、ミッシェルガンエレファントのチバユウスケなど錚々たるロック・レジェンドたちの、音楽との馴れ初めを語り明かしたインタビュー集だが、いつどんなときに衝撃的な出会いがあるかわからないということを知らしめてくれる。ピンチはチャンスだったり、突如として飛来してきたり。人生捨てたもんじゃない、ということを真摯に教えてくれる愛に溢れた言葉、言葉、言葉の数々。

ロックンロールが降ってきた日 (P-Vine Books)

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  • 作者: 秋元美乃,森内淳,浅井健一
  • 出版社/メーカー: スペースシャワーネットワーク
  • 発売日: 2012/04/20
  • メディア: 単行本
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BLUE GIANT 石塚真一

秋の夜長にはやっぱりジャズでしょ、ってことで伝説的なマンガを。人はものごとに没頭するとここまで熱くなれるのかってことを、“スポ根”ならぬ“音根”モノとして素晴らしいドラマに仕立て上げた。個性的なキャラクターとともに、現実の厳しさや人生の悲哀をブルージーに描いている。ジャズは昔から人を狂わせる魔力を秘めた音楽なのだが、その魅力や熱気、空気感という不可視なものを見事にビジュアル化した傑作。

BLUE GIANT コミック 全10巻完結セット (ビッグコミックススペシャル)
 

 

疲れすぎて眠れぬ夜のために 内田樹

「街場の◯◯」シリーズでおなじみの、市井に生きる思想家・内田樹が現代社会における生き方、働き方を説いたエッセイ集。明快な論理展開と独特の着眼点がなんともおもしろい御仁だが、著作のなかでは比較的平易な文章のものがまとめられていて、モノの見方が決してひとつだけではないことを教えてくれる。ここに書かれていることに即効性はないが、ジワ~っと効いてくる漢方のような、きわめて東洋的な叡智がつまっていると思う。

疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

 

 

最後に

健全なあんたも、憂鬱なあんたも。神経がざわついて緊張の糸が切れそうなときには、ぜひ手にとって読んでみていただきたい。きっと、俺の場合と同様にあんたの血となり肉となってくれるはずだから。

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