近未来航法

予測不能な現代社会を生き抜く知的サバイバル術

ブラジリアン柔術に効く『孫子の兵法』

以前に「孫子の兵法」について書いたことがある。孫子の戦略の奥深さ、知見の深さ、その普遍性に改めて気づき、"生き方のテキスト"として感慨に耽ってしまったわけだが、テキストというのは実践で使えなければ意味がなく、無価値なものでしかない。

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孫子の実践者としてビル・ゲイツや孫正義などが有名だが、そんな世紀の天才たちではなく、市井に生きる俺らにも使えなければ古典としての有用性はないだろう。そこで何回かに分けて、ブラジリアン柔術という競技の中で孫子の戦略を実践するにはどうすればよいか、どう考えることができるのかを考察してみた。

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『孫子』は全13篇で構成されている。その成り立ちや変遷については諸説あるが、この記事ではそういった書誌学的内容は省く。親切にも書き下し文と原文、そして俺による超訳と解説を付記してみた。試合に、練習に、チームメイトとのスパーリングに。是非、参考にして、どんどん実践されたし。

 

計篇

兵とは詭道なり。

原文兵者詭道也

超訳戦いとは敵を欺くことである。

 

解説:正攻法で勝つという騎士道や武士道の精神は、実際の戦いにおいては意味がない。人間同士の争いに正義も悪も無いのだ。正々堂々と負けても何も残らないが、汚いといわれても勝った方が得るものは大きいはずだ。いかに確実に「勝つ」ことができるか。リアリズムの観点から、冷徹に「勝ち」にフォーカスしなくてはいけない。

 

其の無備を攻め、其の不意を出ず。此れ兵家の勝、先に伝えうべからざるなり。

原文攻其無備、出其不意、此兵家之勢、不可先傳也

超訳敵の備えのないところを攻め、敵の不意をつく。これが戦略家にとっての定石である。それは状況に応じて行うものであるため、戦う前にあらかじめ固定化して考えてはいけない。

 

解説:いかにして相手の意表を突くか、これこそが勝利への近道だ。相手が予測できるようなムーブは十分に対策されてしまい、こちらだけが無駄な消耗を強いられて不利になってしまう。いかに相手の予測の範疇を超える、意外性のあるアタックができるかが勝敗のカギを握る。だからといって、ガチガチにシミュレーションして勝負に臨まない方がいい。いくつかのパターンを持っておくことは重要だが、不測の事態は必ず発生するので臨機応変に対応することの方が重要なのだ。

 

算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況んや算なきに於てをや。吾れ此れを以てこれを観るに、勝負見わる。

原文多筭勝、少筭不勝、而況於無筭乎。吾以此觀之、勝負見矣

超訳戦いは勝算が多い者が勝ち、少ない者が負ける。勝算なしに勝負に臨むのはもってのほか愚策だ。私は事前にそうした戦術を巡らせているので、戦う前から勝敗が決しているのだ。

 

解説:臨機応変であることが望ましいからといって、全くの対策なしに勝負に臨むのは間違っている。自分の武器は何か、弱点、課題は何か。それらのウィークポイントをカバーするにはどうすれば良いか。冷静な自己分析にもとづいて練りに練ったゲームプランは絶対に必要だ。その精度の度合いによって、勝負の前に明暗は分かれているということだ。

 

作戦篇

故に兵は拙速なるを聞くも、巧久なるを未だ睹ざるなり。

原文故兵聞拙速、未睹巧之久也

超訳勝負を決するのは早ければ早いほど上策だが、長びかせて良いことなど何ひとつない。

 

解説:できることならポイントを狙いにいくよりも、「一本」勝ちできれば最高だ。試合時間が長ければ、それだけ体力は消耗する。とくにトーナメント戦ともなれば早く試合を終わらせれば終わらせるほど次の戦いが有利になる。リスクヘッジとしてポイントを取ることも必要だが、やはり一本を獲ることこそ柔術の本懐といえるだろう。

 

故に智将は務めて敵に食む。

原文故智將務食於敵

超訳だから頭のいいヤツは敵の糧食を奪い、それで補給を賄う。

 

解説:これは本来、遠征した場合のことを言っている。補給線を分断することでの心理的ダメージ、味方の補給物資と手間を温存することでそれらが敵にとってダブルパンチになる。多少の無理を承知で申し上げれば、可能なら対戦相手の昼食を奪って食べてしまえということ。そうすれば自分の財布を出さずにタダ飯にありつけ、腹ペコの相手に対し圧倒的優位で試合に臨めるはず。ただし、あんたがこれを実践した場合の責任を筆者は一切負わないものとする。

 

諜攻篇

孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ。

原文孫子曰、凡用兵之法、全國爲上、破國次之

超訳孫子が言うには、勝負のセオリーは敵を傷つけることなく勝つことが最良の方法で、敵を武力で抑えつけて制するのはその次の選択だ。

 

解説:敵をできるだけ傷めつけず、体を完全に壊さないように勝利することが大事だ。いくらタップしないからといって、いくとこまでいってしまうと否が応でも禍根を残すことになる。ましてや相手に障害や後遺症など残してしまうリスクもある。関節がダメなら絞め技に移行するなど、少なからず相手への配慮は必要だ。

 

是の故に百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。

原文是故百戰百勝、非善之善者也、不戰而屈人之兵、善之善者也

超訳だから全戦全勝という戦績は最良ではない。なぜなら戦わずして相手の心を折り、戦意を喪失させることが最善なのだから(究極的に最強王者には戦績がないことになる。闘う前にすでに勝負を決めてしまい、実際には闘っていないのだから)。

 

解説:諜攻篇の中でも教訓めいた、もっとも味わい深い一文として有名だ。要は相手に何かしらのインパクトを与えておくことの重要性を説いていて、潜在的にでも「なんか嫌な相手だな」という印象を植えつけられれば勝ったも同然なのだ。そのためにも摩訶不思議な1人ムーブでアップしてみたり、事前に「ヒクソン・グレイシーのプライベートレッスンを受けてきた」などとブラフでも噂を流しておくと良いだろう。孫子的ベスト・プラクティスは毒を盛ること、これに尽きる。

 

故に上兵は謀を伐つ。

原文故上兵伐謀

超訳だから、できるヤツは相手ではなく相手の思惑を潰す。

 

解説:上記までで意表を突くことの重要性について触れたが、相手の予測を覆すことで対策を無効化してしまうことが必勝法といえる。

 

必ず全きを以て天下を争う。故に兵頓れずして利全くすべし。此れ謀攻の法なり。

原文必以全爭於天下、故兵不頓、而利可全、此謀攻之法也

超訳自他ともに、なるべく損害を出さずに勝利を目指すべきだ。そうすれば損害の少ないまま利益を最大化できる。これが知恵による情報戦や心理戦の定石だ。

 

解説:いかに柔術が格闘技といえども、フィジカルや技の精度だけで勝敗が決するものではなく、プロパガンダやブラフといった情報戦を巧く活用して心理的優位をつくりだせる者が真の勝者になるということ。必ずしも実体での勝負だけではなく、目には見えない戦場が実は存在してるということ。その戦場を支配するためにも心理効果やマインドコントロールにも精通しておく必要があるということ。これも含蓄のある深い話。

 

故に勝ちを知るに五あり。戦うべきと戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下欲を同じうする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御せざる者は勝つ。此の五者は勝ちを知るの道なり。

原文故知勝有五、知可以戰、與不可以戰者勝、識衆寡之用者勝、上下同欲者勝、以虞待不虞者勝、將能而君不御者勝、此五者知勝之道也、故曰、知彼知己者、百戰不殆、不知彼而知己、一勝一負、不知彼不知己、毎戰必殆

超訳勝利するための法則が5つ存在する。戦うべきか、戦うべきでないかを判断できる者は勝つ。戦力の大小に応じて適切な力配分ができる者も勝つ。チームとして、すべての関与者の結束力が強い組織も勝つ。物事を大局的に見ている者は、小事に因(とら)われている者に勝つ。政治的な力が干渉することなく、きちんと優秀な人材に判断が任されていても勝つ。以上が勝利の前提条件となる。

 

解説:ときには戦わないでおくこと自体がすでに勝利、という場面がある。そういった局面をいかに認識しているか、いかに中長期的なスパンで物事を見ているかが重要だということ。かりに今、勝負して負けると想定されても1年後のことを考えるとどうだろうか。明確なイメージをもとにして、そこから逆算してプロセスを組み立てる。こうゆう発想ができる者が勝つということ。「適切な力配分ができる」という言葉は、そもそものグレイシー柔術の理念でもあり、柔術をやっていることの醍醐味だろう。

 

故に曰く、彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。

原文故曰、知彼知己者、百戰不殆、不知彼而知己、一勝一負、不知彼不知己、毎戰必殆

超訳次のことが言える。敵のことに精通した上で、ちゃんと自己評価できていれば問題はない。しかし、敵を評価はできないが自らのことをきちんと把握しているとすれば勝率は五分五分だろう。自他ともに把握できていないとなれば、もはや勝つことなどできないだろう。

 

解説:これも孫子の有名な箴言。いかに冷静に自他を評価できているか、初心を忘れないことの重要性を説いている。ある程度の習熟度になってくると自分の実力を過信しがちだ。でも柔術のスタイルというのはその人の人生そのものといえ、常に謙虚な姿勢でいることが求められるのではないか。俺はそう考える。

 

 

以上、今回はここまで。まだまだ、あんたの柔術を飛躍させる極意が孫子の中には秘められているので継続的に紹介していこうと思う。今後も、お楽しみあれ。押忍!

 

本記事の底本:

全文完全対照版 孫子コンプリート: 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文

全文完全対照版 孫子コンプリート: 本質を捉える「一文超訳」+現代語訳・書き下し文・原文